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2024年1月の3件の記事

2024年1月27日 (土)

犬肉食禁止という欧米先進国という名の帝国主義列強とそのサーバント達の新・差別主義

Cat

 

 今年に入って、隣国・韓国で、“ 犬肉の処理・販売・食用を目的とした犬の繁殖禁止 ”する法案が可決されたという。尹錫悦( ユン・ソンニョル )大統領夫妻が動物好きってこともあるらしい。
 当方的には、動物好きってことが、何故に犬肉食禁止となるのかさっぱり理解できない。当方も動物嫌いじゃないが、現実にそんな色んな種類の動物と係ったり出遭ったりする事もなく、飼うこともない。

 

 

 昔は猟犬・番犬として大・中型犬が多かったものの、次第に愛玩( ペット )犬として小型化しはじめ、昨今じゃ核家族化や少子化・高齢化によって家族の一員としてすらのポジションすら勝ち得て、場所と手間のかからないいわゆる御座敷犬の類が大半を占めるようになってきた。
 チワワやポメラニアンなんか見てるとゾッとしてしまう。
 人間のエゴで如何様にもそのサイズまでが設計され生産されているって先入観が、憐みと異様さを覚えさせてしまうからだ。
 
 
 動物好きにとって、犬肉食が我慢ならない忌むべき行為であり、強権を行使してでも、多年犬肉食を嗜んできた、あるいはもっと深く伝統食としてきた人々の嗜好を阻止し禁ずるというのは、最低限、その動物好き連中が菜食主義者でないと成り立ち得まい。
 牛・豚・鶏等の畜産動物はそれこそ日毎ホロコースト以上に大量殺戮され解体され人間たちの舌鼓の糧となり胃袋を満たし続けているのだが、どころか彼等動物愛護を叫ぶ元々の勢力の大半はキリスト教国の住民たちであり、彼等はそこに七面鳥 ( 七面鳥喰いの風習は米国発祥から欧州へ逆輸入されたもので比較的最近の定番化らしい )すら加えることを忘れないようだ。それ以外の、宗主国=米英等のアングロ同盟の周辺の衛星国諸国じゃまずそんな鳥を食べたり飼ったりもすることもなかったのだが、どうもそれは宗主国の意向ってことで、異を唱えることもなく許されているようだ。
 

 

 しかし、同じこの世に動物として生を受けて現れ出たにもかかわらず、お犬さまやお猫さまに対して不埒は許さんと絶対禁忌の高札を高々と掲げ、それ以外の牛・豚・鶏・七面鳥・アヒル等は大量殺戮当り前ってのは、普通に考えて何とも〈 異様 〉な所作で、つまるところ、手前勝手な人間たちのエゴと差別主義的本性から出たものと云わざるを得まい。

 

 

 動物愛護団体であろうが、市井の動物好きであろうが、飼主たちの飼っている動物に対する残酷な仕打ち等を批判し告発するのはともかく、彼等の常食する畜肉動物以外の動物の肉を昔から伝統的に食べ続けてきた人々の慣習あるいは嗜好を、彼等が常食しない故に、蔑み非難し、あげく阻止までするってのは、欧州のキリスト教徒たちが、アメリカ大陸やアフリカ・アジアに侵略する際、その地の住民たちにキリストの栄光と慈愛を浴させてやるんだと、可能な限りの詐術と破壊・殺戮そして略奪・搾取をほとんど “ なりわい ” の如くやらかしたのと同じ発想と感性。
 そして何処の衛星国でも、白人旦那に貰った勲章を宝物の如く頂きすっかり誇らしげな風に舞い上がり成り上がったサーバント( 傀儡 )たちって居るもので、少しでも白人旦那たちに近づこうと、白人旦那達が忌み嫌い侮蔑・憎悪するところを、自発的に見よう見まねに指弾し叩き潰したりする。
 気分はすっかり白人旦那気分。
 救いようのない蛮人を見下すように蔑みと憐みの一瞥を忘れることもなく。
 

 因みに、七面鳥って、米国の初期入植者たちが飢餓に陥った際に先住アメリカ・インディアンたちに七面鳥をプレゼントされたのを記念しての七面鳥だという。
 いかにも美談めかしたエピソードだけど、その後の初期入植者たちや後続の入植者たち=米国人の先住アメリカ・インディアンたちに対する、つい最近までの底なしの虐殺・弾圧・追放・搾取・詐瞞等のどうにも誤魔化しようのない明々白々な悪虐非道を糊塗し無かったことにしようという欧州諸国入植者=キリスト教徒たちの虚偽に満ち満ちた意志以外の何ものでもない代物。
 つまり、入植者たちの侵略と略奪、弾圧差別の象徴なのだ。

 

2024年1月10日 (水)

渡れぬ海峡の崖っぷちのつれづれ

Photo_20240107155701  
 

 海外に出なくなってもう久しく、パスポートもとっくに期限切れ。
 かつて藤原新也が何かでパスパートの更新をするのを忘れ、切れてしまったとその迂闊を失笑してたことがあった丁度その時、当方も自らの更新の失念を自嘲していて、渡航の予定は皆無だったもののスワッ入用となった場合もありえようかとあらためて取り直すつもりいたはずが・・・。

 

 

 当時旅先で知遇をえた幾人か、当時出遭うパッカーの三人に一人が藤原新也か沢木耕太郎を自ら決め込んでたものだが ──とりわけ一眼レフを手にした第二、第三の新也に成りおおせようとの野望をこれ見よがしな青年達が多かった── 、その中の何人かは既に本物のプロの写真家で、彼等はその後も海外に赴き続けているようだった。普通のパッカーだった者達はといえば、帰国後、なかなかに時間と金の問題で渡航には踏み切れず、もっぱら国内の旅で溜飲を下げるぐらい。

 

 
 当方なんて、やっと大泉黒石がらみで長崎がいいとこ。
 黒石の頃ですらもはや横浜や門司港にお株を奪われ凋落の一途と、作中で嘆いていたくらいに、観光の看板はずすともはや単なる地方の小港湾都市にすぎなくなってしまった観のある長崎。百メートルあるかないかの中華街を尻目に、黒石の作品のあれこれの背景舞台を念頭にその痕跡と残り香を求めての遊行のはずが、即物的に短時間というリミッター故にそれもままならず、昨今のトロピカル暑熱に晒されながらのそそくさ行。
 近世以来のコスモポリタン港湾都市故に、ポルトガル・オランダ・中国・ロシア等の遺跡や残り香が、原爆によって焼き払われた残滓から辛うじて覗えるばかりであっても、切支丹以来の歴史の重みが、そこはかとなくリアリティーをもって漂って来る。

 

 

 かつて当方がパッカー旅をしていた頃、戦後途絶えていたのだろう長崎~上海の海上航路が再開し、カジノ付き客船が稼働したことがあった。カジノってのが余りに俗的で、そんな客ばかり乗ってくるのかと些かうんざりしながらも一度は乗ってみようと、旅の帰途、上海の関係オフィスを訪れてみたら、運休中とあって愕然としてしまった。それから大部年月が過って、今度はハウステンボスが運営することとなって再開したらしいが、やっぱし短期間で運休になったという。戦前はともかく、戦後の長崎じゃ、もはやカジノ付きであっても集客は見込めなくなってしまったのだろう。
 もはや定期海外航路のなくなってしまった長崎港は、もっぱら大型クルーズ客船の寄港地となっていて、今年正月に上海を出航した初の中国国産大型客船の鳴り物入りの《 アドラ・マジックシティー 》( 愛達・魔都号 135,000トン )が四日に入港した。翌日には博多港到着らしい。
 それでも日程表見ると頻繁に長崎には寄るらしい。あんな大型でその都度の集客が見込まれるのだろうか、と他人事ながら疑問に思ってしまう。以前、長崎港で見た、マレーシア国籍の大型客船《 Virgo 處女星號 》も結構大きかったが、13階建の75,000トン。魔都号の半分ぐらいに過ぎない。

 

 

 かつて戦前遙か、その長崎のお株を奪ったはずの門司港はといえば、もう凋落の一途。単純に港湾としてならまだそこそこらしいが、“ 繁栄 ”の金看板はとっくに朽ち果て、ひたすら高齢化と少子化ですっかり全国標準過疎タウンの銀看板がひっそりと佇むばかり。第三セクター的観光の喧しさと不可融に、シュールなまでにおどろおどろしくゆらめいている。

 

2024年1月 1日 (月)

2024年 風雲再起それとも暗雲延々?

2024

 

 

 新年2024年は辰年、はて令和はというと、なんとはや6年。
 光陰矢の如しを絵に描き過ぎなくらいに、厄号 《 令和 》 の面目躍如、内外にありとあらゆる災厄が瀰漫し、しかし、これからがいよいよ真骨頂って趣きに、明るい未来など本当に、この国に、世界に、実現しようとしている人間が存在しているのか甚だ疑わしくなってくる。

 

 
 ちょっと前まで俳句が巷で流行っていたのが、575だけじゃ自分を表すには物足りなく思える若者が増えてきたのか、短歌も復調の兆しを見せ始めているらしい。
 考えて見たら、その両方ともに時代めいた旧めかしさに些かの違和を覚えてしまう随分と和風情緒的には浮薄な当方だけど、石川啄木だけは嫌いじゃない。
 明治末の、仄昏い時代に、死に至る病=肺病みに冒された痩躰をもて余し、貧しさに呻吟しながら、肩を突っ張らかし、時代・社会の寒々とした真相に対峙しようとして斃れていった啄木。帝政ロシアの蒼貌のニヒリスト達へのシンパシーを時代相に詠んだ一連の作品は、時代の黎明の静寂と消息に旧懐の念すら喚起させる。
 
 
 詩人の秋山清(明治37年生)も、青年時代から啄木に魅せられていたらしく、戦後、《 啄木と私 》 という新書まで出していて、その中の一篇、“ 啄木の百姓の歌 ” の中で、時代に取り残されてゆく生まれ育った岩手・渋谷村を詠った有名な作品を列挙している。

 

 

あわれかの我の教えし
子等もまた
やがてふるさとを捨てて出ずらむ


年ごとに肺病やみの殖えてゆく
村に迎えし
若き医者かな

《 一握の砂 》明治43年

 

 

 明治末の当時の情景なのだが、大正・昭和を経た、中央集権化と過疎化が一層末期的になってきた平成・令和の現在、いよいよそこはかとしたリアリティーをもって立ち上がってくる。
 昭和末どころか、明治後期頃から囁やかれ始めていた農村と地方の過疎、要は端的に中央集権と資本主義の論理によって果てしなく過疎と高齢化が深刻化してゆき、やがて病院すらも利潤追求の論理によって一層の手抜きと集中が進行化してゆくのだろう。
 因みに、明治5年の農業人口が1470万人だったのが、明治末の43年には1360万人、更に戦後激減し、平成27年には170万人、昨年令和5年には110万人にまでに。

 

 

 本州・北海道で熊害が騒がれていたけれど、猪・猿同様、本来の彼等の食餌の不作・不足が主要原因らしいとか。そういえば、いつもは隣家の小さな庭に跋扈した茨樹に、小さな白い花が咲き誇った後に結実する南天風の小さな赤い果をついばみに幾種もの野鳥達が姿を現したものだったけど、今年はその赤い実が殆どみられず、地場のスズメが時折つついているぐらい。
 偶然の一致なのだろうか。
 常年、伸び放題に伸びた枝いっぱいに赤果がなっていたのに・・・

 

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