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2024年5月の3件の記事

2024年5月25日 (土)

2010年の町興し  旅先のチラシ 1

Mojiko

 

 

 この戦前は、コスモポリタン都市長崎が凋落してゆくのと入れ替わるように繁栄した九州の玄関口ともいわれはやされてきた門司港も、長崎の跡を追うように戦後は凋落の一途。
 長崎はともかく、門司港の場合、明治維新政府の肝いりでの国策・八幡製鉄の絡みでそんな利を得たに過ぎなかったのを証かすように、元々山々が海岸に迫った狭い平野しかない立地もあいまって、何の再建再興策もなされることなく元のひなびた港町に戻ってしまった。所詮、国策的賑わいで、列島中から利を求めて蝟集した人々で作られた街でしかなく、格別の利が薄れていけばもう他に移るだけの力学的結末があるばかり。ついには、日本列島中何処にでもある一シルバー・タウンに落ち付いてしまったって話に過ぎない。

 

 

 NIPPONと表示された、海軍旗風の、戦前よく見られた商品のラベル・広告にも多用されたイメージ、レトロ感を出したかったのだろう。かつての横尾忠則のアナクロなキッチュ的デザインでも有名なスタイル。
 《 大門司港博覧祭 》と仰々しく銘うった町興し的なイベントのチラシに過ぎないけれど、このくらい凝っていると見る気にはさせる。
 真中に、栄町銀天街とあり、戦前は押し合いへし合いの繁華な商店街だったその凋落の象徴といっても過言じゃないくらい。平成に入ってからぐらいからだろうか、それこそ列島中で凋落しシャッター商店街と化して始めたのは。正に、小泉・安倍の薩長コンビのなせるワザ。
 安倍といえば、安倍の選挙基盤ともいわれている対岸の併合併合に継いで人口30万になった下関なんか、駅ビルがあるだけの一体何処に商店街があるのかもうさっぱりで、その佇まいから以前は商店街だったのを類推する他ないくらいだ。
 何年にもわたるコロナ禍で、時代はいよいよ切迫するばかり。

 

 

 因みに、このチラシの頃って、タイの首都・バンコクじゃ、アピシット軍政派に対するタクシン前首相派赤シャツデモ隊が街中に溢れ、有名な商業コンプレックス・ビルも焼かれ、鎮圧しようとする軍政派とあちこちで小競り合いや武力衝突すら展開されていた。タクシン派のカティア将軍が屋外での記者会見中に遠くから一発で狙撃され殺害された如何にもタイらしいエピソードも記憶に新しい。
 この年の翌年、東日本大震災大津波事件が起る。

 

2024年5月18日 (土)

 シヴァ神の聖都図 map of kasi

To-hanoi-1

 

 

 もうかれこれ四半世紀前の、インドの代名詞の観すらある聖都バナラシ―( 昨今、ワーラーナシーと呼ぶ ) の絵地図。キッチュ感溢れた如何にも観光客向け、それもインド中からやってくる巡礼客向けのカラフルな絵柄表示のバナラシ―地図。この地図は些かくすんだ刷りだけど、ネットで見ると、現在でも売られている様で、同じものでも、色彩がもっとクリアーなものもあり、全然異なる絵柄の絵地図もあって、やはり人気商品なのだろう。

 

 

 MAP OF KASHI とあって、カーシーはバナラシ―の古名。
 ラジャスターン沙漠のオアシスの町プシュカルがブラフマー神の聖都であるように、バラナシ―はガンジス河沿いのヒンドゥー教の聖地であり、とりわけシヴァ神の聖都として有名。
 この地図にも前面に描かれているダシャーシュワメード・ガートや薪の上に屍体を載せて焼尽するマニカルニカー・ガートが有名で、この辺りに巡礼・観光客が集中している。
 

 

 当方の定宿は、基本、ヨギ・ロッジ。
 ここは何しろホット・シャワーが出るし、ガンジス河(ガンガー)沿いに並ぶ階段状の沐浴場=ガートに向かうのに便利で、屋上には時折バンダル種( 日本猿に似た暴れん坊 )のサルがやってきたりもする。
 すぐ裏に、ゴールデン・テンプルと呼ばれるシヴァ神を祀ったカーシー・ヴィシュヴァナート寺院があって、早朝、寺院のスピーカーからサンスクリット語のプジャ(?)ソングの歌声が響きわたって来る。曲は時どき変わり、最初の頃のは、妙なる女神的聖声ってところで、他のファラン(欧米人)たちが眠りを妨げられて罵ったり舌打ちしたりするのを余所に、間隔の狭いドミトリーのベッドの上で心地良く聴き入っていた。
 5世紀に建てられたこのゴールデン・テンプル、イスラム勢力が台頭してくると、近隣イスラム帝国や国内イスラム勢力に幾度も破壊されては再建されてきたものらしい。

 

 

 バナラシ―の図の外側の四囲枠にびっしり並んだ円の中には、シヴァ神に係る図像が描かれていて、手前真下には、シヴァ神のシャクティともいわれる女神たちが鎮座している。血塗られたカーリーやドルが-、パールヴァティ―、神妃パールバティ―の産んだ象頭ガネーシャとシヴァ一家揃った図まで。
 インドのプリミティブな庶民向けの図像ってキィッチュ感溢れたもの多く、日本のインド物産屋の店頭ではまず見られないのが残念。

 

2024年5月11日 (土)

窓外は春の雨、霊猴鉄観音でも頂きながら、宗炳・董斯張たちの臥游にならって坐游でも決めこもう

Dream-1

 ( [ 酔境 ]  バンコクはヤワラート華僑世界の裏ぶれた昼尚静けさにくすんだ一角で、老爺は酒精アムリタの一滴ですっかり酔境世界にたゆとうているのだろう。)

 

 

 最後のタイ・カンボジアの一ヶ月の旅以来、日帰り国内旅のみというすっかり列島内蟄居閉門的な惨状(?)に、すっかり浦島太郎を決め込んでいるかの如く。
 思えば、一等最初の海外旅も、チベットがもめていたせいでシルクロード=敦煌→新疆ルートに変更した一ヶ月旅だった。
 もっぱらアジア圏をばかり廻って、イスタンブール、カイロが最西端で、最南端はバリ島デンパサール。中南米やアフリカも当初は予定していたけれど、何しろアジアだけでも行きたい場所長居したい場所果てしなく、まだまだあちこち未踏のまま。

 

 三千世界の逍遙遊、この世の果てから路地裏まで・・・このブログのサブタイトルだけど、だから国内外の津々浦々の細路・路地裏、小説・映画の一行一句・行間、画像と物語を逍遥遊って心算だったはずが、どうも不器用な徘徊ってところに終始した風。

 

Dream-2a

 ( [ 無境 ] ガンジス河の聖都バナラシの少し離れた汀の静寂に、一人只管打坐する白髪の修行者サドゥーは、無境に逍游。)

 

 

 《 西遊記 》の別伝ともいうべき《 西遊補 》の作者・董説( とうえつ )、実はその本当の作者とも目されている父親・董斯張等の明末・清初の文人達って、部屋の壁に幾篇もの水墨山水画を並べ、あるいは盃を傾けながら、山水世界をたゆとい、その三昧的境地も薄れぬうちに、床几の上の微睡みからいよいよ夢境の逍遥世界を楽しんだという。
 この時代って、優雅とはむしろ真逆の、長らく続いた明朝がうち続く内憂外患の果ての、北方異族・満州族=清朝樹立という乱世であって、若き董説も、『 反清復明 』の遺民として清朝に馴染むことなく、生涯文人僧を全うしたようだ。 それでも同じ遺民達の間を行き来し、あるいは中国中縦横に張巡らされた水路旅なんぞを簡素ながらも満喫したというが、父親・董斯張の場合は、生来の虚弱体質なのか病床に着くこと多く、門外に出ることも殆んどなく、それこそ部屋中に山水画を架けめぐらせ仙境世界に遊び、做夢( 夢見 )の糧とし、夢境的逍遥を三昧する日々。正に臥游。
 

 

 当方はといえば、夢道人達の夢境よりも随分と下世話なというべき段ボールの中に長らく仕舞われたままの旅先でのフィルム時代のネガ写真の束ってところだろうか。一応ブック型の収納帳に納めてはいるものの、基本コンパクトカメラのスナップ以上に出ない代物。そんな今一写真を眺めながらの、当時のあれこれよもやま三昧と云いたいところだけど、さすがに昨今記憶も薄れ、結局日記で確かめてみたりの、夢境とは程遠い記憶的補正のリアリズム的執着・・・

 

Dream-3a

 ( [ 秘境 ] ゆったりとしたラオス、メコン川流域の小村。二十世紀末的南画ともいうべき。)

 

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