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2024年11月の2件の記事

2024年11月26日 (火)

瓦礫の中の一瞬のゆらぎ 小城之春

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 丁度一年前の十一月、中国女優・葦偉ウェイ・ウェイが101歳で亡くなったという。
 当方には余り馴染みのない女優だけど、中国映画的には、時代を越えた歴史的刻印の一片とされる監督・費穆 フゥエイ・ムー《 小城之春 》( 1948年 )の主演女優として知る人ぞ知る存在のようだ。
 費穆といえば、文革四人組の紅色皇后・江青が、まだ上海で舞台女優をしていた頃、脇役として出演した李莉莉・主演《 狼山喋血記 》(1936年)の監督として記憶にあって、戦後、中華人民共和国が建国された1949年に、香港で病死した。なまじ長生きしてたら、江青の毒牙にかかって、投獄・獄死のお決まりの帰趨が待っていたのかも知れない。

 

 

 中国から日本軍を追い払い、蒋介石・国民党と毛沢東・共産党の国共内戦が日増しに熾烈を極め始めようとする1946年を時代背景とし、没落した旧地主の長年の戦乱で半壊となり、母屋すらなくなってしまったままの屋敷を舞台にした、しかし、当時の新時代社会建設という躍進いよいよ著しい時代の風潮・熱に、一見水を差すような悶々鬱々とした内向的な雰囲気が、映画制作当時(1948年)のとくに左翼評論家から、時代的要請と乖離する、明るい展望のない、没落階級的産物として指弾・批判されてしまった。
 
 
 映画自体は、1948年制作で、国共内戦も当初の兵力と米国の全面支援を受けたりの圧倒的優位にあった蒋介石・国民党、自らの政治的無能と腐敗・汚職の蔓延( あの旧日本軍参謀・辻正信すら、蒋介石の捕虜となっていた短期間その腐敗性を眼の当りにして唾棄していたぐらい )で、すっかり敗退の一途を辿り始めた時節。
 多年の反日抗戦戦争もようやく終止符を打ち、それでも国共内戦が次第に熾烈なものとなってゆく最中、打ち棄てられたような廃残的旧地主の殆んど廃屋で、それでも破壊から免れた中庭に面した何室かでの生活を営みつづけていた戴( ダイ )一家。
 地主・戴礼言は肺を病み、再建の力も一向に甦ることもなく、日々朝早く町に買い物に出掛ける嫁・周玉紋が貰って来る薬で辛うじて生き延びているかの如く。
 結婚して8年、病を得て6年、自身の結核菌拡散を厭ってか、嫁とも妹・戴秀とも距離を保ち、言葉数も少ない夫・礼言を、嫁・周玉紋は神経病と断じる。

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 古い廃墟と化した城壁の小路を、朝早、一人、買物の往復の毎日の玉紋。
 小高い城壁跡を買い物籠を下げてトボトボと通っている時が、雑念に囚われることもなく、まるで別世界にいるような忘我の愉悦の一時。
 すっかり凋落してしまった没落地主の名だけの屋敷に戻ると、肺病を口実に、家族との接触を出来るだけ避けるように瓦礫の花園で、かつての栄華に思いを致しているのか、一人、物思いに耽るばかりの夫・礼言の姿が、崩れた塀の瓦礫の上に垣間見える。屋敷には、昔から礼言に使えている召使いの老黄が居て、食事の世話も一手に引き受けていて、玉紋はもっぱら刺繍に日々を消尽してゆくばかり。女学校に通っている礼言の妹・戴秀だけが、一人、溌溂として毎日を送っていた。

 

 

 そんな長年の戦乱に病み疲弊した一家の下へ、突然、礼言の古い友人・章志忱が訪れる。医師でもある章志忱、礼言の友人であったが、何よりも礼言の妻・玉紋のかつての恋人でもあった。妹・戴秀すら、子供の頃親しくしていたのだった。やがて、戴秀の章志忱への懐(なつ)き様に、礼言は彼女を章志忱に嫁がせようと思うようになる。 
 唐突な章志忱の来訪は、淀んだ水溜りに小石が飛び込んできた如く、波紋を起こし、淀みの中の閉鎖的秩序を大きくゆらがせてしまう。
 
 
 玉紋、次第にかつての潰えた恋慕の念が蘇ってくる。
 気怠い閉塞的な毎日に倦むばかりで一向に未来の希望すら視えてこない現実から、盲目的に抜け出そうとする衝動に駆られたのであろうか。逢う度に、だんだんと赤裸々になってくる玉紋に、最初は伏されていた章志忱の恋情も蘇り呼応しようとするが、病んだ旧友・礼言のこともあって、気後れしてしまう。
 妹・戴秀の誕生日の一家水入らずの夜宴の後、夜も更けてから、酔いも手伝ってか、身づくろいした玉紋が訪れる。
 一線を越えようとするが、章志忱、反射的に拒絶してしまう。
 翌日、自身の不甲斐なさと妻・玉紋を助けようと、礼言、自殺未遂に走る。
 舞い上がっていた澱土が、やがて沈澱し、元の平穏さをとり戻すように、翌朝、何事もなかったかのように章志忱を送り出す。
 一歩一歩踏みしめるように覚束ない足取りで、杖をつきながら礼言が城壁の小径を昇ってゆくと、買い物から戻ってきていた玉紋が城壁の上に佇んでいる。やがて、二人並び遠くを指差す玉紋の和んだシルエットが象徴的なエンディングとなる。

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 ( かつて恋人どうしだった二人。)

 

 そもそもの映画の発端は、抗日戦争とその集結、それに続く蒋介石・国民党と毛沢東・中国共産党との覇権闘争・革命運動の内戦うちつづく1947年に上海に戻ってきたばかりで失業中の李天済に、彼の師であった白塵と呉祖光が映画の脚本執筆を促しあれこれ援助したりして出来上がったものを、上海の映画会社・文華影業公司の監督・曹禺に見せ、更に曹禺が、経営者の呉性栽に推薦したところから始まる。
 当初のタイトルは、《 苦恋 》。
 後、《 迷失的愛情 》に改変し、最後に、《 小城之春 》に落ち着いた。
 ところが、曹禺、自身の撮影作品で手一杯で、翌1948年初頭、社長・呉性栽が費穆に脚本を見せると、費穆は二つ返事で快諾。何よりも、李天済にとっても費穆は憧れの存在だった。
 脚本検討のため、二人ははじめて顔を合わせた。
 さっそく、脚本を手にした監督・費穆、にやりと笑い、一節吟じてみせた。

 

 

「 墻内秋千墻外道,墻外行人,墻内佳人笑,笑漸不聞声漸悄,多情却被无情悩 」

 

 

 墻=壁・囲い。 秋千=ブランコ。 佳人=麗人。 漸不聞=だんだんと聞えなくなる。 多情=情が深い。感情豊か。 无( 無 )情=冷淡。つれない。

 

 

 李天済、声もなかったという。
 つまり、費穆が詠った北宋の詩人・蘇軾の《蝶恋花》のこの一節は、李天済がこの脚本制作のためのインスピレーションを獲た当のもので、一読で費穆に喝破されてしまったという訳だ。
 費穆、単刀直入に、ともかく場面が多すぎると、三分の一に削ると言い出した。 李天済、すんなり肯ったということらしいけど、実際の撮影にあたっては、脚本が改編される毎に李天済、怒ったらしい。そもそも費穆、脚本を叩き台以上にはみてないのか、毎回、紙切れに書いたものを手渡していたとも。( 葦偉談 )
 当時、費穆、梅蘭芳と共働の中国最初のカラーフィルム映画、京劇芸術片《 生死恨 》の撮影が待っていて、忙しい中での撮影だったようだ。
 うち続く戦乱で破壊された古い城壁や旧民家などの多い上海・松江でロケが行なわれ、六月九日にはクランク・アップ。秋には上映がはじまり、赤字になる事もなく、それなりの興行成績はあげていたらしい。

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  ( 玉紋、夜更けに章を訪れるために身づくろいする。ハンカチーフやスカーフをあれこれ微妙なニュアンスを醸すように使っている。) 

 

《 小城之春 》に関する中国のブログ見てみると、少なからずに、「 発乎情止乎礼 」なるフレーズが散見され、当時の葦偉に費穆がよく口にしていた言葉という。
 儒教の経典の一つ《 詩経 》=毛詩大序の一節。

 

 
 故変風発乎情,止乎礼義。発乎情,民之性也 ; 止乎礼義,先王之沢也。

 

 

 この場合の「乎」は前置詞。止乎(=于)=とどまる。「沢」=恩恵。
 変風は『詩経』中の、世が乱れた時代の詩。
 《 百度百科 》じゃ、こうも認められている。

 

発乎情:人的情感在男女之間産生。
 止乎礼:就是受礼節的約束。   

 

 

 つまるところ、礼節を知るってことに尽きるのだろうが、この映画においては反語的に解釈するむきもあって、中国語や儒教的素養の覚束ない当方的にはもう一つ曖昧さを免れ得ない。
 日中戦争下の爆撃うち続く臨時政府首府・重慶を舞台にした巴金の《 友情の絆 》( 原題 : 還魂草 1942年 ) とは同じ閉塞的状況下であっても随分と趣きが異なってて、戦火が遠いらしい地方都市郊外の古い城壁のある一角での物語ってことで、多分に長閑な雰囲気の中での物語展開ではある。
 

 

 制作当時は、時局を何と心得ておるか的に散々な批判・指弾で、結局お蔵入りってことで、久しく人眼に触れることもなかったのが、1983年イタリアで上映され、翌年、ようやく中国でも上映されることとなったという。
 そういえば、監督の費穆、伝説の女優・阮玲玉ルアン・リンユイ主演の映画二本撮っていたのを思い出した。《 城市之夜 》 (1933年)、《 香雪海 》 (1934年)。

 

 

 

 《 小城之春 》 監督・費穆 (1948年 )文華影業公司

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2024年11月 2日 (土)

美死霊は切々と東シナ海を越えて  切られた小指 / 大泉黒石

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 終戦前年の大泉黒石の作品《 ひな鷲わか鷲 》が、世評に違って、以前のこれみよがしな黒石的刺笑風味も、外連味もほどよく薄まったむしろ渋みすら感じさせる結構興味深い作品であったので、更にその二年前の、所謂闇討ち開戦( 太平洋戦争 )直後の進攻のはかばかしさに沸き立つも、早くも四月に米軍の初爆撃がはじまり、五月には、情報統制的な“ 日本文学報国会 ”( 情報局外郭団体 )が設立されたりの時節真っ只中で認められた《 白鬼来 阿片戦争はかく戦われた 》を、黒石が如何様に書き上げているのか一層の興味をそそられてしまった。

 

 

 が、《 白鬼来 》、一読して、肩透かしと断じてしまうと些か軽率の誹りを免れないだろうが、作品の流れに唐突な違和ともいうべき、つまり、緊迫する歴史状況の只中に、突如ダダ的異和ともいうべきオカルティズムの登場とそのなし崩し的変容、そしてけんもほホロロに、“ もっとページを!”の一声の直後の断絶。 ひょっとして、珍妙な幕切れの帰趨的脈絡にも係わっているやも知れぬオカルティズム的事件それ自体の出自を確かめるべく、その事件=怪奇譚のプロトタイプと目されている少なくとも二つの前駆的作品を読む運びとなった次第。

 

 

 オカルティズム、つまり黒石の得意範疇たる怪奇物なのだが、その先行する前駆=プロトタイプが二作もあるって、まあ、黒石に限らず、作家あるいは他のジャンルの創作家には普通にあること。只、一言一句も変わらずってのは以前にあったし、若干の手直しだけの焼き直しってのも少なくはない黒石。
 有名作家に頻(よ)くある手抜きだけど、多忙故なのか、あぁ~いいアイデアが浮かばん!的な切羽詰まった不能状態故なのか、それが常態化したスランプなのか。
 初作の《 切られた小指 》( 大正14年 )は12頁、後作《 葵花紅娘記 》( 昭和2年 )は30頁近く。
《 葵花紅娘記 》の方が枚数が多い分、しっかり描かれていて、怪奇物としては悪くはない。何よりも、《 大泉黒石全集 第六巻 》に含まれているので、黒石とは縁が古いらしい実業之日本社が出していた月刊《 東京 》大正14年5月号に掲載された《 切られた小指 》の方を中心に紹介してみたい。

 

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 心霊奇談 《 切られた小指 》 ーさるこまとすー

 

 

 〈 日露戦争 〉終戦直後、ある秋の暮、戦時中旅順に軍医部長として赴任していた本間博士から、その弟子たる医学士かつ日本心霊学会員=私、三枝(さえぐさ)哲三宛てに一通の手紙が舞い込んだ。

 

 

 「 是非、君に聴いて貰わねばならぬ話があるから、明日夕刻、僕の家まで御足労下さるまいか ? 」
 

 

 突如の来訪を乞う手紙の一節から物語は始まる。
 早速、横浜西戸部町の自宅から、東京・千駄ヶ谷の森の奥の古色蒼然とした本間邸に赴く。
 老先生(本間博士)が支那から連れてきたという支那服を身に纏った美麗な娘に案内され、やがて老先生夫妻と同じテーブルに就いくことになったものの、二人とも陽気な表情の奥に恐怖めいた昏い影が覗けていて、抜き差しならぬ難題の伏在を予感させた。

 

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 つい先日、他の心霊学会員と三人で、横浜の支那寺に出没するといわれるお化けの正体を見届けに行ったばかり。同じ老先生の弟子、横浜の病院に勤める浮田医学士から、私=三枝医学士のそんな心霊学=オカルティズム的研究の話をあれこれ聞かされた老先生、とうとう本来は屈強な体躯に眼光鋭いはずが、瞳の奥に黒々と凝結したような恐怖の念の由来を明かし始めた。
 幽霊・・・と老先生は呟いた。
 

 

 「 この地上にもしもそんな不思議なものがあって君のまえに現れたって胆を潰す心配はなかろうね ? 」

 

 「 あはゝゝ。どんなに怖いお化けか知りませんが、まさかそんなことはありますまい。寧ろ私を面白がらせるかも知れません。」と私は微笑を浮かべた。

 

 

 食堂を出て廊下を下りた突き当りにある研究室。
 片側に病理解剖上の標本(スぺシメン)を並べた長い棚がある。
 すべて奇異なる支那人・満州人の病肉の塊だ。
 片隅の寝台に横になる。
 窓から差し込む三日月の明かりが壁に窓枠のシルエットをつくり、庭の樹木の落ち葉が絶間なく窓ガラスに当たっては滑り落ちてゆく、その微かな音の連なりに誘われるように微睡んでしまった。
 ふと、何かの物音に目覚ると。

 

 

 「 スリッパを引きづるようにサラサラと響く穏やかな音!私の眼前には、扉の方から、いとも忍びやかに近づいて来る人間の姿があるのだ。やがて月の流れを横ぎった。女だ!灰色の支那服を纏える美しい纏足の女だ!劉海(りゅうかい)に結んだ髪の色も溶けて滴るように房々と輪郭のくっきりした嫻(あで)やかな横顔!彼女の眼は真正面(まとも)に棚の硝子壜へ注がれていたが、やがていかにも注意ぶかく壜の一つ一つを覗きまわり、私の寝台と向き合っている棚の端まで辷り来るや否や、ピクリと足を止めて此方(こっち)をむいた、かと思うと、非常な失望の身ぶりで、だらりと首を垂れ、両手で顔を蔽って、扉の方へ二三歩よろめいた。瞬間に彼女の姿はポッと消えた。」

 

 

 娘の死霊はこの家の支那女と顔立ちが似てたが、支那女の右手にはあった薬指が死霊には無かった。部屋の中をくまなく捜したけれど、杳として死霊の出入りした痕跡は発見されなかった。現(うつつ)か幻か ? 女の出現には自然界の常軌外に存在する何者かがあるんではないか ?
 その幽霊体験を老先生に告げると、

 

 

 「 さあ。僕には不可解というより他に説明が出来ないんだ。日露戦争中。僕の旅順滞在から帰任の途上、汽車汽船の中でも、此の邸に戻ってからも、一と晩だって、あの女の姿に、悩まされない日はないのだ。僕の神経が変になるのも無理はないぢゃないかね。あの女の仕草はいつもお決まりのように、僕の寝床のそばに現れて荒々しく肩を掴んで揺り起こし、研究室へ入って棚の壜を覗いて了うとポッと消えるのだ 」

 

 

 「 何をするんでしょう ?」

 

 「 薬指が欲しいのさ。自分の薬指を探しているんだよ。」

 

 

 「僕が旅順野戦病院本部にいる時分のこと、ある日、病院に出入りする陳萬全という、あの街の豪商の娘の、右の手の薬指におできが出来て甚だしく痛むというから、其の娘を呼び寄せて診てやると、兎の頭のような形の、世にも類のない関節肉腫( ジョインド・サルコマトス )の一種なんだ。打ち棄てて置けば他の指まで腐る恐れがあるから、是非截り取るように言ったが、右の手をーー殊に指を大切にするあの土地で、而も嫁入りまえの金持ちの娘にとって、指一本でも持って行かれるのは苦痛に違いない。娘(は)手術を恐れて泣き出したが、到頭僕に説き伏せられて、渋々と承知した。と思いたまえ。訳なく手術はすんだ。」

 

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 お礼の代わりに、手術で切りとった薬指を、病理学の研究材料に欲しいと告げると、美麗な娘・梨喬嬢、声を上げて泣き出した。困惑して本間博士、何が悲しくて泣くのか尋ねてみると、こう答えた。

 

 

 「 人が死ぬと、何年か立って、霊魂はまた元の死体に還って来る。その霊魂の器である死体に少しでも不足の個所があれば、霊魂は死体に入ることが出来ず、永遠に宙に迷わねばならないのだから、妾(わたし)の死後のことを考えると、この薬指は手放すわけには行きません。」

 

 

 只、その指を娘は塩漬けにして保存するというので、ならばアルコール防腐の説明をし、むしろ本間博士の手許へ預けた方が安心なのを言い聞かし、棚の蒐集標本の一つとして加わることとなった。ところが、敵弾を受け、被災し、蒐集標本の大半を、その梨喬嬢の薬指ともども失ってしまった。
 やがて終戦となり、戦禍で親兄弟を失った病院の水汲女を哀れに思い、一緒に連れて帰国するも、その途上から、件の娘の死霊の幻が夜な夜な現れることとなった。私はその時、ふと、隠秘学(オカルティズム)の書物の中の一節を思い出した。

 

 

 「 或る一つの強力なる人間の観念(おもい)はその人間の霊魂(たましい)をして、肉体滅亡の後にも猶この地上に執着せしめ得るものだ( 。) その場合、その人の霊魂は水から陸へ上り、また陸から水へ入ることの出来る亀や蛇や蛙のように、この世とあの世との両棲物(アンフィビア)だ。
 霊魂を、すでに肉体が棄て去った此の世に迷わせる原因は、非常に烈しい感情(おもい)ーー強欲――復讐――憂慮(しんぱい)――憐憫(あわれみ)――恋情ーーなどで、一般にこの感情が充たされない場合に起る現象であって、この感情が叶った刹那に、この現象は消え去る。即ちその物質的負債は返還されるのだ。」

 

 

 閃くものがあり、私は老先生に一時の暇を貰い、そそくさと、友人であり、同じ本間博士の門下生=浮田医学士の働く横浜の外人居留地と支那人街の間の河岸に佇む山下町病院に赴き、二日前手術で切りとったばかりの似た肉腫の指を貰い受け、世田谷の本間邸に戻った。老先生には何も告げずにおいた。
 そして夜半。

 

 

 「 ・・・おゝ(!)私は前夜よりもハッキリと彼女の姿を見きわめることが出来たのだ。女の影は扉の方から不意に現われ、しばしは只朦朧として煙のように立ち迷っていたが、やがて、是や是、さながら生けるものゝような画然(くっきり)とした輪郭をととのえて、静かに棚のまえに歩み寄り、壜の一つ一つを覗きながら、最後に私が据えつけた一つに行き当たると、彼女は長い間尋ねていた恋しいものに出会ったような欣(よろこ)びに充ちた眼を輝かせ、両手をのべて其壜を抱えると見るまに床へ叩きつけた。
 硝子の砕ける音は森の家の夜の寂寞を破った部屋一ぱいに響き渡った。」

 

 

 少し間をおいて研究室に駆け込んできた本間博士は、床に散らばった壜の破片に気付き、やがて身震いせんばかりに気色も顕わに叫び出した。

 

 「 おゝ!三枝君!君は実に巧くやってくれた。・・・・・・一二分まえーー多分このアルコール壜が打ち砕かれた次の瞬間であろうーーいつものように女の影が僕の枕辺にやって来た。あゝ。あゝ。また今夜も悩まされるのかと思って、女の顔をそっとすかして見るとだ、いつもいつも怖ろしく呪わしげな怒りと憎悪の眼をむいているその青白い顔には何と!何と!嬉しげな満足の笑いが浮かんでいるではないか ? 女の麗しい白い歯が、月の光にギラリと閃めいていたのだ。彼女は僕に向かって立派に聞きとれるような声で、『今夜かぎり、あなたとは永久にお目にかゝりません。』と呟きながら、両手を頭上へあげて、三たびお辞儀をしたかと思うと、そのまゝ消え失せた。」

 

 

 「 もう安心だ。女の幻はその君の肉腫(サルコマトス)の指を、ほんとうに自分のものだと信じて持ち去ったのだ。僕は見たよ。女が両手を頭へかざすときに、右の手の指はチャンと五本とも揃ってあったことをな!」

 

 

 常時(いつも)は必ず本間博士の寝台前に現れ博士の肩をゆさぶるはずが、この夜に限って直に壜の並べられた研究室に現れたってのは、些か御都合主義的に過ぎよう。それでも、執着的死霊故に、研究室の棚に以前とは相違したひしひしと惹き付ける何かが、死霊・梨喬を矢も楯もたまらず、いつもの行動パターンを破り端折らせたという解釈も成り立たない訳じやない。
 けど、如何せん、同じ中国系とはいえ他人の指。
 ちょっと牽強付会が過ぎてしまう。
 それでも、余りの執着・希求性故に、死霊であっても、つい血迷い他人の薬指をすら自らの薬指と認めてしまった。どころか、自身の肉体として完成してしまった。
 要は、死霊自身の抱懐したその観念性=“ きもち ”なのだから、話はここに落ちてしまうのだろう。

 

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 《 黄夫人の手 》(大正9年)で、黄夫人が刑死し湘潭の役人に斬り落とされた右手首同様、自身の失われた右薬指とその保管者であった老博士を追いかけ、東シナ海を渡ってまで執拗につき纏う娘の死霊。 
 黄夫人の手首は、最後には怨敵・黄隆泰を死に至らしめる禍々しい怨魂の類だったけど、この娘・梨喬の死霊は、ひたすら自身の失われた薬指の奪回の為の老博士追跡と探索という直向きさがあるばかり。
 この李喬の場合、霊=霊魂って、死んだ瞬間、つまりその彼女( ひいては、人間一般 )が最後に有していた能力・観念、とりわけ思念によって規定され、死んで霊魂だけになったからって、人間世界・娑婆の真相を俯瞰・把握できてしまうってことじゃないようで、死ぬ直前の観念群・思念のまま。勿論、思い込みなんぞもそのまま抱いての妄執的・死霊的活動ってことのようだ。まだ三途の川は渡ってないのだから、正に“ 迷い ”なんだろう。
 

 

 この物語で些か気になったのが、戦地旅順から連れて帰ってきた、家族を戦禍で失った天涯孤独な美形の中国娘。
 二作目バージョンの《 葵花紅娘記 》じゃ、中国・青島から同じく戦禍で身寄りもなくなった美貌の水汲女・金秀玉を連れて帰り、侍女として同居していて、実は、老教授・山北一次郎を夜毎驚かす女幽霊の正体でもあったという重要な位置にあったのに比べ、旅順の方の娘は名前すら明記されてなく、余り重視されていなかったようにも窺える。
 だったら、何故に、敢えてこの怪奇譚に登場させたろう?
 あくまで中国的情緒の一つとして、ともかく中国的符丁を網羅し、性(情)愛じゃなく成仏完成を目した《 牡丹燈記 》=《 牡丹灯籠 》的なシノワズリ( 中国趣味 )世界を提示してみたかったのか。二人の美麗な中国娘と係わる要の老博士は、優男とは真逆のむしろ容貌魁偉、およそ情愛譚とは無縁。
 ひょっとして、そもそもこの旅順の娘こそ、二作目・金秀玉のになったポジションに据えるべく登場させたって一縷の可能性も考えられないではない。何らかの経緯で、それが無化されてしまった。

 

 紙幅の都合だろうか。
 あるいは、戦禍的悲惨をひきずるって一点で、あえて刻印しておきたかったのか。

 

 二作目・金秀玉の重要な設定と懸隔があり過ぎ、ついあれこれ疑念してしまう。 金秀玉が美麗な中国娘なのに引き換え、青島で博士に小指の骨肉腫を受けた美形の細面の娘だったものの片目が義眼( 戦前的ーー戦後も暫くーーな身体的病的特異性→怪異性という卑近・短絡的な典型的差別的符丁。総じて、怪奇小説作家の常套。)、戦後、博士の別荘のある長崎・隠岐の島に東シナ海を漂い流れ着いた時には、朽ちた棺桶の中で腐乱し崩れ落ちた態、その屍霊・クウ( 女偏に句 )との対比が怪異性効果を生み、それが最後に一転、実はモルヒネ中毒者となっていた金秀玉の、研究室に保管してあるモルヒネを捜すためのクウに似せた変装だった。
 このモルヒネ、芥子( ケシ )から抽出される阿片を原料にしていて、国際的にも鎮痛剤として広く使用されている。いわゆる麻薬的効能故に、心的な沈痛にも援用されることもあって、戦場と化した旅順・青島で家族や知人が面前で亡くなっていった無惨=悲惨的トラウマから免れようとして、徐々に蝕まれていったのは想像に難くない。 
 
 戦争=惨禍=モルヒネ=阿片 

 

 この端的に反戦的符丁( 象徴 )がこそ、中国侵略戦線と鬼畜=米英との太平洋戦争開戦、とりわけ世界を浸潤し帝国主義侵略支配を何世紀にも恣にしてきた大英帝国を俎上にした物語の基軸に据えられた。
 アジアを阿片によって破壊・盗奪し肥大化してきた大英帝国とは、正に阿片帝国でもあった。
 初篇の《 切られた小指 》はもっぱら怪異譚に終始し、二作目バージョンの《 葵花紅娘記 》こそが、《 白鬼来 阿片戦争はかく戦われた 》に通底すべく援用された由縁だろう。
 因みに、《 葵花紅娘記 》で小指を博士に切除された娘クイ、死して棺桶に納められ長崎・隠岐の島に漂着しそこの海辺に埋葬されたのだけど、物語じゃ彼女の出番はそこまでで、後は金秀玉が彼女の屍骸を真似てモルヒネを捜すための狂言行。
 でも、実は、埋葬されたクイの屍霊が、金秀玉に憑依し、博士の研究室を物色させたのだった、って解釈も成り立ちえよう。  

 

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 中国人の人体的畸形あるいは臓腑をずらり陳列した棚。
 「すべて奇異なる支那人・満州人の病肉の塊だ」とある。
 石井部隊はあくまで戦前昭和の象徴であって、この《 切られた小指 》の大正14年じゃ早すぎるだろう。
 けれど、表層的には医療行為として除去した人体臓腑であるのだが、日露の中国( 朝鮮 )への帝国主義支配の象徴的イメージ喚起という側面は、牽強付会のレッテルをスルリと透過して、否応なく、意識の上にわだかまる。
 戦禍によって引き千切られ、吹き飛ばされた中国人達の、積み上げられた四肢、あるいは勝者( 侵略者 )たちの戦利品として。

 

 

 タイトルの小指、物語の中じゃ薬指、確かに美麗な深窓の娘の小さな手指ってニュアンスに拘わっての敢えての小指はあり得よう。
 だったら普通に肉腫を患った指を最初っから小指に設定すればいいと思うのだが、黒石、何としても薬指に肉腫を患わせた。その後、別バージョンとしての《 葵花紅娘記 》じゃ、最初から、普通に、小指の肉腫と設定しているから、余計、一帯どんな経緯があったのか興味のあるところだけど、もはや知る術もない。
 まさか、黒石の創作円滑剤としてのアルコール、代用アドレナリンの酒精の過剰で、失念的齟齬を来たした産物って訳じゃあるまい。

 

 

 挿絵の山口將吉郎、大正・昭和に活躍し、吉川英治と名コンビで、《 神州天馬侠 》等の挿絵等で高名。それにしても、この黒石作品での三点の挿絵、例えばほぼ同じ頃の大正14年雑誌《 少年倶楽部 》連載の時代物《 海賊奇譚 龍神丸 》(著・高垣眸)の美麗な挿絵とは、随分と趣きが異なる筆致で、むしろカット画と呼ぶべきか。
 因みに、この《 東京 》五月号じゃ、山口と同様戦前・戦後一世を風靡した高畠華宵も挿絵を担当していて、松村梢風「美しき漂泊者」、青木純二「女賊生首お辰」や、まだ他にもかなり描いていて、売れっ子ぶりが分かる。生首お辰って、当時巷を騒がした悪女らしく、“ 松平子爵令嬢と偽称して全国を荒した刺青の女賊 生首お辰 ”なるキャッチ・コピーまでついている。

 

 

 当時のアクチャルな記事も掲載されていて、まだ満州国皇帝の椅子に就く前のラストエンペラーこと宣統帝・愛新覚羅 溥儀に関する記事も。

 

《 近くわが日本に亡命の噂高き 宣統廃帝哀話 》
「 醇親王邸に避難した宣統廃帝は、野人横行の北京に於てはなおその身が危険であったので、十一月廿九日の夕方、変装してそこを抜け出し、日本公使館の吉沢公使へ身を寄せた。」

 

 

 
 大泉黒石《 切られた小指 》月刊《 東京 》大正14年5月号(実業之日本社)
 

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