黒石ブログ的近況 《 笑うべからず 》同類異種的島田清次郎への接近
2025年6月、イランの高官・科学者まで殺害、軍・核基地を中心に爆弾やトマホーク等で攻撃した米国・イスラエル、それに対してイランの側もドロ-ンや弾道ミサイル等で反撃した《 十二日間戦争 》が勃発し、その八ヶ月後、今度はイランの最高指導者ハメネイ大統領を家族もろとも殺害し、もっと徹底した攻撃をイスラエル・米国が敢行。
虫の息なのかと思われたイラン、さすが米国本土に報復に値する攻撃をする意志はないようで、基本、せいぜいイスラエルと湾岸諸国に対する攻撃に終始しているようだ。ハネメイ一家殺害はイスラエルが強行したというトランプ米国のスタンスらしいけど、それにしても、イランって一方的にネタニヤフ・イスラエル当局から籠絡されるばかりで、基本、一指だにできてない。
先は長いのか短いのか、エシュロン以外にも世界的監視システムはあるのだろうから、イラン一国だけじゃ、同等のものをイランが所有してない限り甚だ難しい。それ故に〈 核 〉に執着するイランや北朝鮮なんだろう。
米国・イスラエルともども、碌な建国じゃない札付き侵略虐殺国家。 その米国の傀儡パ-レビを追い出したのは良かったけれど、その後が、イスラム原理主義的ファシズム国家じゃ、イラン人達も、あたかも台湾の人々が、日本軍去ったと思ったら、大陸から追い出された蒋介石・国民党の腐敗ファシスト達が雪崩をうって遣ってきて、悪辣極まりない苛政を押しつけてきた果ての迷惑極まりない現在って図式と相似。
ハメネイ家族もろとも殺害って、同じことを、イランがトランプ一家もろともドロ-ン攻撃でやらかしたとしたら、欧米どころか、世界中が騒ぎ立て、恐るべき犯行と罵り呪詛し、世界中が喪に服し、仕舞いにゃ結託して“ Down with IRAN ! ”のシュプレヒコ-ルを連呼し、イラク侵攻の時同様、多国籍軍として猛攻撃しかねないといった図式の上で成り立った戦前以来の帝国主義列強的世界。
一般論として、まるで、この世界には、反省って観念が皆無って風だ。
戦前、そんなウンザリするような帝国主義植民地争奪戦以外の何物でも無い戦争、不可抗的に鬼畜英米と対決せざるを得なくなって、大日本帝国の盲動に、目が点になった辻潤とおそらく同様に己のが耳目を疑った我が大泉黒石、森閑とした暗夜、二人で酌み交わした酒は、飲めども飲めどもさめざめと白けるばかり、あるいはやがてこの列島に展開されるであろう阿鼻叫喚のきな臭い予感に苛まれ、悪酔いの淵に沈んでゆく泥酒だったろうか。
昨年は色々身辺騒がしく黒石に集中できず、不如意なまま了ってしまった。今年も、もう三月、そろそろ着手したく、まずネットで、四方田犬彦《 大泉黒石 わが故郷は世界文学 》以降少しは増しな状況になってきてるはずと、些かの期待をもって検索してみた。
が、如何せん、相も変わらず、大半が《 大泉黒石 わが故郷は世界文学 》の営業ブログばかり。時折、児玉司の《 大泉黒石(私)研究 》が出てくるだけで、以前と基本的には殆ど変わりはない。
そんな旧態依然とした閑散の中に、わずかに一点、あさき主宰の《 NOTE 》に全文復刻掲載された《 笑うべからず 》( 《 改造 》大正14年7巻2号 )があり、初見なので一読させて貰った。如何にも黒石然として黒石節全開の止めどなさに久しぶりに舌を巻いてしまった。
黒石が満州に旅してる留守に、あろうことか、嫁の美代の腹が膨れ、スワッ ! 亭主の居ぬ間の不倫か?という読売新聞の記事に端を発した黒石近辺の人間模様の黒石的饒舌的展開。
その美代の膨れた腹の中に居たのが誰あろう、後年映画俳優になる大泉滉なのだが、それはともかく、黒石一家が居を構えていた場所を、村と呼び、おそらく北豊島郡長崎村が比定されるんだろうが、「うまくもない十五銭のカツやコロッケを撓(たゆ)まず飽かず夫婦掛け合いで食ってやるので」すっかりお馴染みになった「村に古くからある田甫道の酒場」《 開化楼 》の女給・船子と、彼女がサ-ビスのつもりで置いていった《 醜婦の友 》( おそらく、主婦の友 )十二月号のぺ-ジに偶然覗けたゴシップ記事の当事者の島田清次郎。この二人を中心に、長広舌が延々展開されるのだ。
「 何の気なしに頁をペラペラ繰ると、島田清次郎なる若年小説家の顔が現われた。
見ると奴さん、往来の真ん中で突然発狂して巡査に取ッ捕まり、巣鴨の保養院へ叩き込まれて暗い独房でワイワイ泣いているという大袈裟な見出しの記事があるのだ。」
大正十三年七月、おりから青山墓地で爆弾事件が起こって警視庁総力を挙げての一大取締まり作戦の真っ只中、巣鴨・白山通りの路上を人力車に乗ってたのだけど、よりによって赤い血痕に点々と染まった浴衣をまとっていたものだから、早速引っ捕えられてしまった。
尤も、巣鴨署に拘引した後、吉野作造博士宅に押し入っての一悶着や海軍少将の娘の誘拐・監禁事件で既に有名になっていた新進作家・島田清次郎と分かってからは、すっかり持て余し者状態だったようで、翌日早々、巣鴨の保養院( 主に精神病施設 )に引き渡されてしまった。
その件の爆弾事件、かのひょっとして黒石も一度面識があったかも知れない大杉栄の労働運動社に出入りしていた浜鉄が、大阪府警にリャクで逮捕され、関東大震災時に虐殺された大杉栄達の復讐と浜鉄の奪還を目論んだ古田大次郎等《 ギロチン社 》残党の爆弾製造の一環としての青山墓地での爆弾試作行為だった。
「 好奇半分で読むと、発狂の顛末が如何にも巨細にわたって、いい気味だ、態を見ろと言わぬばかりに書きのめしてある。昔は人間の首を戸塚ッ原の獄門台に晒したが、今日では婦人雑誌がその役目を引き受けたと見え 」
週刊誌・月刊誌、つまりマスコミって、戦前からかくの如しって訳だ。
島田は大正八年に、新潮社から《 地上 地に潜むもの 》を上梓し忽ちベストセラー、全巻売上総数50万部にもなったという。若干二十歳で一躍文壇の寵児となり、あの芥川龍之介にも将来性を嘱望された。
只、黒石とはまた違った毀誉褒貶の著しい作家だったようで、巣鴨での事件の前年にも、もともと島田のファンだった海軍少将・舟木錬太郎の娘と一緒になろうと些か強引に連れ出し、葉山に住んでいた徳富蘇峰に仲人を頼もうとした矢先、折から皇太子(ヒロヒト)が葉山御用邸行幸で警備中の警官達に怪しまれ逮捕された。
二度も厳戒中のピリピリ状態の官憲に怪しまれ、有無も言わせられず引っ立てられる不運。その上、父親の海軍少将に、娘を傷物にしたと誘拐・監禁・陵辱等で訴えられてしまう。このスキャンダルが決定的となって、転落の一途を辿り始めることになったようだ。
「 若年小説家が三躍しての発狂沙汰は要するに大将、口ばかりで腸(はらわた)がなかったせいもあるが、俗物どもが寄ってたかって酷め過ぎたのは事実だ。島田清次郎とは僕の家で一度、誰かの出版紀念会で一度。会ったきりで時々は消息を寄越すこともあったが、僕はあの人相が気に食わないので交際(つきあい)は遠慮していた。然しこうなっては見ていられない虐待だ。此の際何とか出来るなら何とかするなら僕の性分だ。誰も構わなければ俺が構う。発狂まえに持ち廻って散々断られたという其のボロボロ原稿はどんなもんだか知んが恐らく大将の絶筆だろう。一ツ閲( み )た上で本屋に掛け合い、出版したら屹度喜ぶだろうと考えた。」
この原稿は、黒石先生の苦労の甲斐あったのか、それまで《 地上 》を出版していた新潮社から彼の原稿は一切拒絶されていたので、春秋社から、「 我れ世に敗れたり 」のタイトルで出版された。《 地上 》自体が当方には未見だけど、《 地上 》の第六巻に当たるらしい。一躍スタ-ダムに昇り、出版界の寵児となったは良いが、あれこれと毀誉褒貶著しく次第に人気も下降していったって構図は、黒石と島田、相似。また、島田は二度ほど自殺未遂があり、黒石も、当人の弁だと少年期に長崎港の岸壁から飛び込み自殺を図ったってのも共通。
尤も、島田の場合、正に凋落だけど、黒石の場合は、衰退って形容すべきか。それでも、皆に叩かれ罵られる島田を見るにつけ、自身の面影を投影もしただろうし、憐れみと義憤から一助を買って出たのだろう。
因みに、島田は同じ保養院で、昭和五年に享年31歳で亡くなった。
この短編じゃ、島田より、むしろ近くの酒場(カフェのことだろうか)《 開化楼 》の女給・船子のエピソードの方が多く、例によって次回続きで筆を置き、尻切れトンボなんだけど、黒石の腐れ縁的畏友・辻潤も、平辻潤平の名を冠されて登場している。船子の玲瓏な声にすっかり魅入られ賛辞を惜しまぬ風の粹客として。
「 睫毛の長い愛嬌顔もまんざらでないし、当人御自慢の声は滅法玲瓏たるもので、暇さえあれば、酒場の蓄音機を師匠に、ワルツやオペラの類から流行歌に至るまでの練習で客の度肝を抉えぐるのだ。」
この鬘を被った声楽(ボ-カル)嗜好の娘のエピソード、掲載された《 改造 》にじゃなく、《 醜婦の友 》にでもなく、黒石の得意先の観のある《 実業之日本社 》の婦人雑誌『婦人世界』に、受け継がれたようだけど・・・
「 『婦人世界』7月号から12月号にかけて連載した「鬘娘」は「笑うべからず」(改造7巻2号、1925年)を長篇として書き直したもの 」
“スランプの持続・過去作品の使い回し”《 大泉黒石(私)研究 》
とあって、拡大改編ってとこなんだろう。
因みに、この船子って女給、実在の人物かどうか当方には定かじゃないけれど、誘拐・監禁に島田が問われた当の少将の娘、後にプレタリア演劇女優になる舟木芳江の“舟”の一字を拝借しての命名なんだろう。
何よりも、誘拐・監禁事件をそのまま、男一人から二人に変え、とりわけ村役場の馬面の役人が一方的に執拗に船子に求婚を迫るのだから、島田の事件をネタに、コミカルに変容した黒石風刺笑譚ってとこか。
因みに、最近は、YOU TUBEの方が若干、黒石的には賑わっている風で、茗荷谷かぼす氏以降、次々と、もちろん微々たるものじゃあるけれど、自分の黒石的世界の表演ってジャンルが拡がっているようで、これは将来的にも楽しみな流れではある。
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