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2024年11月 2日 (土)

美死霊は切々と東シナ海を越えて  切られた小指 / 大泉黒石

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 終戦前年の大泉黒石の作品《 ひな鷲わか鷲 》が、世評に違って、以前のこれみよがしな黒石的刺笑風味も、外連味もほどよく薄まったむしろ渋みすら感じさせる結構興味深い作品であったので、更にその二年前の、所謂闇討ち開戦( 太平洋戦争 )直後の進攻のはかばかしさに沸き立つも、早くも四月に米軍の初爆撃がはじまり、五月には、情報統制的な“ 日本文学報国会 ”( 情報局外郭団体 )が設立されたりの時節真っ只中で認められた《 白鬼来 阿片戦争はかく戦われた 》を、黒石が如何様に書き上げているのか一層の興味をそそられてしまった。

 

 

 が、《 白鬼来 》、一読して、肩透かしと断じてしまうと些か軽率の誹りを免れないだろうが、作品の流れに唐突な違和ともいうべき、つまり、緊迫する歴史状況の只中に、突如ダダ的異和ともいうべきオカルティズムの登場とそのなし崩し的変容、そしてけんもほホロロに、“ もっとページを!”の一声の直後の断絶。 ひょっとして、珍妙な幕切れの帰趨的脈絡にも係わっているやも知れぬオカルティズム的事件それ自体の出自を確かめるべく、その事件=怪奇譚のプロトタイプと目されている少なくとも二つの前駆的作品を読む運びとなった次第。

 

 

 オカルティズム、つまり黒石の得意範疇たる怪奇物なのだが、その先行する前駆=プロトタイプが二作もあるって、まあ、黒石に限らず、作家あるいは他のジャンルの創作家には普通にあること。只、一言一句も変わらずってのは以前にあったし、若干の手直しだけの焼き直しってのも少なくはない黒石。
 有名作家に頻(よ)くある手抜きだけど、多忙故なのか、あぁ~いいアイデアが浮かばん!的な切羽詰まった不能状態故なのか、それが常態化したスランプなのか。
 初作の《 切られた小指 》( 大正14年 )は12頁、後作《 葵花紅娘記 》( 昭和2年 )は30頁近く。
《 葵花紅娘記 》の方が枚数が多い分、しっかり描かれていて、怪奇物としては悪くはない。何よりも、《 大泉黒石全集 第六巻 》に含まれているので、黒石とは縁が古いらしい実業之日本社が出していた月刊《 東京 》大正14年5月号に掲載された《 切られた小指 》の方を中心に紹介してみたい。

 

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 心霊奇談 《 切られた小指 》 ーさるこまとすー

 

 

 〈 日露戦争 〉終戦直後、ある秋の暮、戦時中旅順に軍医部長として赴任していた本間博士から、その弟子たる医学士かつ日本心霊学会員=私、三枝(さえぐさ)哲三宛てに一通の手紙が舞い込んだ。

 

 

 「 是非、君に聴いて貰わねばならぬ話があるから、明日夕刻、僕の家まで御足労下さるまいか ? 」
 

 

 突如の来訪を乞う手紙の一節から物語は始まる。
 早速、横浜西戸部町の自宅から、東京・千駄ヶ谷の森の奥の古色蒼然とした本間邸に赴く。
 老先生(本間博士)が支那から連れてきたという支那服を身に纏った美麗な娘に案内され、やがて老先生夫妻と同じテーブルに就いくことになったものの、二人とも陽気な表情の奥に恐怖めいた昏い影が覗けていて、抜き差しならぬ難題の伏在を予感させた。

 

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 つい先日、他の心霊学会員と三人で、横浜の支那寺に出没するといわれるお化けの正体を見届けに行ったばかり。同じ老先生の弟子、横浜の病院に勤める浮田医学士から、私=三枝医学士のそんな心霊学=オカルティズム的研究の話をあれこれ聞かされた老先生、とうとう本来は屈強な体躯に眼光鋭いはずが、瞳の奥に黒々と凝結したような恐怖の念の由来を明かし始めた。
 幽霊・・・と老先生は呟いた。
 

 

 「 この地上にもしもそんな不思議なものがあって君のまえに現れたって胆を潰す心配はなかろうね ? 」

 

 「 あはゝゝ。どんなに怖いお化けか知りませんが、まさかそんなことはありますまい。寧ろ私を面白がらせるかも知れません。」と私は微笑を浮かべた。

 

 

 食堂を出て廊下を下りた突き当りにある研究室。
 片側に病理解剖上の標本(スぺシメン)を並べた長い棚がある。
 すべて奇異なる支那人・満州人の病肉の塊だ。
 片隅の寝台に横になる。
 窓から差し込む三日月の明かりが壁に窓枠のシルエットをつくり、庭の樹木の落ち葉が絶間なく窓ガラスに当たっては滑り落ちてゆく、その微かな音の連なりに誘われるように微睡んでしまった。
 ふと、何かの物音に目覚ると。

 

 

 「 スリッパを引きづるようにサラサラと響く穏やかな音!私の眼前には、扉の方から、いとも忍びやかに近づいて来る人間の姿があるのだ。やがて月の流れを横ぎった。女だ!灰色の支那服を纏える美しい纏足の女だ!劉海(りゅうかい)に結んだ髪の色も溶けて滴るように房々と輪郭のくっきりした嫻(あで)やかな横顔!彼女の眼は真正面(まとも)に棚の硝子壜へ注がれていたが、やがていかにも注意ぶかく壜の一つ一つを覗きまわり、私の寝台と向き合っている棚の端まで辷り来るや否や、ピクリと足を止めて此方(こっち)をむいた、かと思うと、非常な失望の身ぶりで、だらりと首を垂れ、両手で顔を蔽って、扉の方へ二三歩よろめいた。瞬間に彼女の姿はポッと消えた。」

 

 

 娘の死霊はこの家の支那女と顔立ちが似てたが、支那女の右手にはあった薬指が死霊には無かった。部屋の中をくまなく捜したけれど、杳として死霊の出入りした痕跡は発見されなかった。現(うつつ)か幻か ? 女の出現には自然界の常軌外に存在する何者かがあるんではないか ?
 その幽霊体験を老先生に告げると、

 

 

 「 さあ。僕には不可解というより他に説明が出来ないんだ。日露戦争中。僕の旅順滞在から帰任の途上、汽車汽船の中でも、此の邸に戻ってからも、一と晩だって、あの女の姿に、悩まされない日はないのだ。僕の神経が変になるのも無理はないぢゃないかね。あの女の仕草はいつもお決まりのように、僕の寝床のそばに現れて荒々しく肩を掴んで揺り起こし、研究室へ入って棚の壜を覗いて了うとポッと消えるのだ 」

 

 

 「 何をするんでしょう ?」

 

 「 薬指が欲しいのさ。自分の薬指を探しているんだよ。」

 

 

 「僕が旅順野戦病院本部にいる時分のこと、ある日、病院に出入りする陳萬全という、あの街の豪商の娘の、右の手の薬指におできが出来て甚だしく痛むというから、其の娘を呼び寄せて診てやると、兎の頭のような形の、世にも類のない関節肉腫( ジョインド・サルコマトス )の一種なんだ。打ち棄てて置けば他の指まで腐る恐れがあるから、是非截り取るように言ったが、右の手をーー殊に指を大切にするあの土地で、而も嫁入りまえの金持ちの娘にとって、指一本でも持って行かれるのは苦痛に違いない。娘(は)手術を恐れて泣き出したが、到頭僕に説き伏せられて、渋々と承知した。と思いたまえ。訳なく手術はすんだ。」

 

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 お礼の代わりに、手術で切りとった薬指を、病理学の研究材料に欲しいと告げると、美麗な娘・梨喬嬢、声を上げて泣き出した。困惑して本間博士、何が悲しくて泣くのか尋ねてみると、こう答えた。

 

 

 「 人が死ぬと、何年か立って、霊魂はまた元の死体に還って来る。その霊魂の器である死体に少しでも不足の個所があれば、霊魂は死体に入ることが出来ず、永遠に宙に迷わねばならないのだから、妾(わたし)の死後のことを考えると、この薬指は手放すわけには行きません。」

 

 

 只、その指を娘は塩漬けにして保存するというので、ならばアルコール防腐の説明をし、むしろ本間博士の手許へ預けた方が安心なのを言い聞かし、棚の蒐集標本の一つとして加わることとなった。ところが、敵弾を受け、被災し、蒐集標本の大半を、その梨喬嬢の薬指ともども失ってしまった。
 やがて終戦となり、戦禍で親兄弟を失った病院の水汲女を哀れに思い、一緒に連れて帰国するも、その途上から、件の娘の死霊の幻が夜な夜な現れることとなった。私はその時、ふと、隠秘学(オカルティズム)の書物の中の一節を思い出した。

 

 

 「 或る一つの強力なる人間の観念(おもい)はその人間の霊魂(たましい)をして、肉体滅亡の後にも猶この地上に執着せしめ得るものだ( 。) その場合、その人の霊魂は水から陸へ上り、また陸から水へ入ることの出来る亀や蛇や蛙のように、この世とあの世との両棲物(アンフィビア)だ。
 霊魂を、すでに肉体が棄て去った此の世に迷わせる原因は、非常に烈しい感情(おもい)ーー強欲――復讐――憂慮(しんぱい)――憐憫(あわれみ)――恋情ーーなどで、一般にこの感情が充たされない場合に起る現象であって、この感情が叶った刹那に、この現象は消え去る。即ちその物質的負債は返還されるのだ。」

 

 

 閃くものがあり、私は老先生に一時の暇を貰い、そそくさと、友人であり、同じ本間博士の門下生=浮田医学士の働く横浜の外人居留地と支那人街の間の河岸に佇む山下町病院に赴き、二日前手術で切りとったばかりの似た肉腫の指を貰い受け、世田谷の本間邸に戻った。老先生には何も告げずにおいた。
 そして夜半。

 

 

 「 ・・・おゝ(!)私は前夜よりもハッキリと彼女の姿を見きわめることが出来たのだ。女の影は扉の方から不意に現われ、しばしは只朦朧として煙のように立ち迷っていたが、やがて、是や是、さながら生けるものゝような画然(くっきり)とした輪郭をととのえて、静かに棚のまえに歩み寄り、壜の一つ一つを覗きながら、最後に私が据えつけた一つに行き当たると、彼女は長い間尋ねていた恋しいものに出会ったような欣(よろこ)びに充ちた眼を輝かせ、両手をのべて其壜を抱えると見るまに床へ叩きつけた。
 硝子の砕ける音は森の家の夜の寂寞を破った部屋一ぱいに響き渡った。」

 

 

 少し間をおいて研究室に駆け込んできた本間博士は、床に散らばった壜の破片に気付き、やがて身震いせんばかりに気色も顕わに叫び出した。

 

 「 おゝ!三枝君!君は実に巧くやってくれた。・・・・・・一二分まえーー多分このアルコール壜が打ち砕かれた次の瞬間であろうーーいつものように女の影が僕の枕辺にやって来た。あゝ。あゝ。また今夜も悩まされるのかと思って、女の顔をそっとすかして見るとだ、いつもいつも怖ろしく呪わしげな怒りと憎悪の眼をむいているその青白い顔には何と!何と!嬉しげな満足の笑いが浮かんでいるではないか ? 女の麗しい白い歯が、月の光にギラリと閃めいていたのだ。彼女は僕に向かって立派に聞きとれるような声で、『今夜かぎり、あなたとは永久にお目にかゝりません。』と呟きながら、両手を頭上へあげて、三たびお辞儀をしたかと思うと、そのまゝ消え失せた。」

 

 

 「 もう安心だ。女の幻はその君の肉腫(サルコマトス)の指を、ほんとうに自分のものだと信じて持ち去ったのだ。僕は見たよ。女が両手を頭へかざすときに、右の手の指はチャンと五本とも揃ってあったことをな!」

 

 

 常時(いつも)は必ず本間博士の寝台前に現れ博士の肩をゆさぶるはずが、この夜に限って直に壜の並べられた研究室に現れたってのは、些か御都合主義的に過ぎよう。それでも、執着的死霊故に、研究室の棚に以前とは相違したひしひしと惹き付ける何かが、死霊・梨喬を矢も楯もたまらず、いつもの行動パターンを破り端折らせたという解釈も成り立たない訳じやない。
 けど、如何せん、同じ中国系とはいえ他人の指。
 ちょっと牽強付会が過ぎてしまう。
 それでも、余りの執着・希求性故に、死霊であっても、つい血迷い他人の薬指をすら自らの薬指と認めてしまった。どころか、自身の肉体として完成してしまった。
 要は、死霊自身の抱懐したその観念性=“ きもち ”なのだから、話はここに落ちてしまうのだろう。

 

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 《 黄夫人の手 》(大正9年)で、黄夫人が刑死し湘潭の役人に斬り落とされた右手首同様、自身の失われた右薬指とその保管者であった老博士を追いかけ、東シナ海を渡ってまで執拗につき纏う娘の死霊。 
 黄夫人の手首は、最後には怨敵・黄隆泰を死に至らしめる禍々しい怨魂の類だったけど、この娘・梨喬の死霊は、ひたすら自身の失われた薬指の奪回の為の老博士追跡と探索という直向きさがあるばかり。
 この李喬の場合、霊=霊魂って、死んだ瞬間、つまりその彼女( ひいては、人間一般 )が最後に有していた能力・観念、とりわけ思念によって規定され、死んで霊魂だけになったからって、人間世界・娑婆の真相を俯瞰・把握できてしまうってことじゃないようで、死ぬ直前の観念群・思念のまま。勿論、思い込みなんぞもそのまま抱いての妄執的・死霊的活動ってことのようだ。まだ三途の川は渡ってないのだから、正に“ 迷い ”なんだろう。
 

 

 この物語で些か気になったのが、戦地旅順から連れて帰ってきた、家族を戦禍で失った天涯孤独な美形の中国娘。
 二作目バージョンの《 葵花紅娘記 》じゃ、中国・青島から同じく戦禍で身寄りもなくなった美貌の水汲女・金秀玉を連れて帰り、侍女として同居していて、実は、老教授・山北一次郎を夜毎驚かす女幽霊の正体でもあったという重要な位置にあったのに比べ、旅順の方の娘は名前すら明記されてなく、余り重視されていなかったようにも窺える。
 だったら、何故に、敢えてこの怪奇譚に登場させたろう?
 あくまで中国的情緒の一つとして、ともかく中国的符丁を網羅し、性(情)愛じゃなく成仏完成を目した《 牡丹燈記 》=《 牡丹灯籠 》的なシノワズリ( 中国趣味 )世界を提示してみたかったのか。二人の美麗な中国娘と係わる要の老博士は、優男とは真逆のむしろ容貌魁偉、およそ情愛譚とは無縁。
 ひょっとして、そもそもこの旅順の娘こそ、二作目・金秀玉のになったポジションに据えるべく登場させたって一縷の可能性も考えられないではない。何らかの経緯で、それが無化されてしまった。

 

 紙幅の都合だろうか。
 あるいは、戦禍的悲惨をひきずるって一点で、あえて刻印しておきたかったのか。

 

 二作目・金秀玉の重要な設定と懸隔があり過ぎ、ついあれこれ疑念してしまう。 金秀玉が美麗な中国娘なのに引き換え、青島で博士に小指の骨肉腫を受けた美形の細面の娘だったものの片目が義眼( 戦前的ーー戦後も暫くーーな身体的病的特異性→怪異性という卑近・短絡的な典型的差別的符丁。総じて、怪奇小説作家の常套。)、戦後、博士の別荘のある長崎・隠岐の島に東シナ海を漂い流れ着いた時には、朽ちた棺桶の中で腐乱し崩れ落ちた態、その屍霊・クウ( 女偏に句 )との対比が怪異性効果を生み、それが最後に一転、実はモルヒネ中毒者となっていた金秀玉の、研究室に保管してあるモルヒネを捜すためのクウに似せた変装だった。
 このモルヒネ、芥子( ケシ )から抽出される阿片を原料にしていて、国際的にも鎮痛剤として広く使用されている。いわゆる麻薬的効能故に、心的な沈痛にも援用されることもあって、戦場と化した旅順・青島で家族や知人が面前で亡くなっていった無惨=悲惨的トラウマから免れようとして、徐々に蝕まれていったのは想像に難くない。 
 
 戦争=惨禍=モルヒネ=阿片 

 

 この端的に反戦的符丁( 象徴 )がこそ、中国侵略戦線と鬼畜=米英との太平洋戦争開戦、とりわけ世界を浸潤し帝国主義侵略支配を何世紀にも恣にしてきた大英帝国を俎上にした物語の基軸に据えられた。
 アジアを阿片によって破壊・盗奪し肥大化してきた大英帝国とは、正に阿片帝国でもあった。
 初篇の《 切られた小指 》はもっぱら怪異譚に終始し、二作目バージョンの《 葵花紅娘記 》こそが、《 白鬼来 阿片戦争はかく戦われた 》に通底すべく援用された由縁だろう。
 因みに、《 葵花紅娘記 》で小指を博士に切除された娘クイ、死して棺桶に納められ長崎・隠岐の島に漂着しそこの海辺に埋葬されたのだけど、物語じゃ彼女の出番はそこまでで、後は金秀玉が彼女の屍骸を真似てモルヒネを捜すための狂言行。
 でも、実は、埋葬されたクイの屍霊が、金秀玉に憑依し、博士の研究室を物色させたのだった、って解釈も成り立ちえよう。  

 

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 中国人の人体的畸形あるいは臓腑をずらり陳列した棚。
 「すべて奇異なる支那人・満州人の病肉の塊だ」とある。
 石井部隊はあくまで戦前昭和の象徴であって、この《 切られた小指 》の大正14年じゃ早すぎるだろう。
 けれど、表層的には医療行為として除去した人体臓腑であるのだが、日露の中国( 朝鮮 )への帝国主義支配の象徴的イメージ喚起という側面は、牽強付会のレッテルをスルリと透過して、否応なく、意識の上にわだかまる。
 戦禍によって引き千切られ、吹き飛ばされた中国人達の、積み上げられた四肢、あるいは勝者( 侵略者 )たちの戦利品として。

 

 

 タイトルの小指、物語の中じゃ薬指、確かに美麗な深窓の娘の小さな手指ってニュアンスに拘わっての敢えての小指はあり得よう。
 だったら普通に肉腫を患った指を最初っから小指に設定すればいいと思うのだが、黒石、何としても薬指に肉腫を患わせた。その後、別バージョンとしての《 葵花紅娘記 》じゃ、最初から、普通に、小指の肉腫と設定しているから、余計、一帯どんな経緯があったのか興味のあるところだけど、もはや知る術もない。
 まさか、黒石の創作円滑剤としてのアルコール、代用アドレナリンの酒精の過剰で、失念的齟齬を来たした産物って訳じゃあるまい。

 

 

 挿絵の山口將吉郎、大正・昭和に活躍し、吉川英治と名コンビで、《 神州天馬侠 》等の挿絵等で高名。それにしても、この黒石作品での三点の挿絵、例えばほぼ同じ頃の大正14年雑誌《 少年倶楽部 》連載の時代物《 海賊奇譚 龍神丸 》(著・高垣眸)の美麗な挿絵とは、随分と趣きが異なる筆致で、むしろカット画と呼ぶべきか。
 因みに、この《 東京 》五月号じゃ、山口と同様戦前・戦後一世を風靡した高畠華宵も挿絵を担当していて、松村松風「美しき漂泊者」、青木純二「女賊生首お辰」や、まだ他にもかなり描いていて、売れっ子ぶりが分かる。生首お辰って、当時巷を騒がした悪女らしく、“ 松平子爵令嬢と偽称して全国を荒した刺青の女賊 生首お辰 ”なるキャッチ・コピーまでついている。

 

 

 当時のアクチャルな記事も掲載されていて、まだ満州国皇帝の椅子に就く前のラストエンペラーこと宣統帝・愛新覚羅 溥儀に関する記事も。

 

《 近くわが日本に亡命の噂高き 宣統廃帝哀話 》
「 醇親王邸に避難した宣統廃帝は、野人横行の北京に於てはなおその身が危険であったので、十一月廿九日の夕方、変装してそこを抜け出し、日本公使館の吉沢公使へ身を寄せた。」

 

 

 
 大泉黒石《 切られた小指 》月刊《 東京 》大正14年5月号(実業之日本社)
 

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2024年7月27日 (土)

7月の弾丸 JULY BULLET

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 総理・安倍晋三が山上青年に手製・水平二連銃で射殺されてから、はやもう二年にもなる。
 つい昨年のように思えていたのが、同じ七月、今度は米国で、前大統領トランプが文字通りの青年トーマス・M・クルックスに米国の象徴の様なAR15アサルト・ライフルで狙撃され、間一髪、右耳の上部を負傷する事件が起った。
 彼が狙撃場所に選んだ屋根周辺に、既に、官憲の手が伸びつつあるのが如実となって、もはや後戻りできない焦燥と大統領候補殺害という緊張で、手慣れている者なら意外と容易らしい百数十メートル距離の伏射にもかかわらず、些か手元が狂ったようだ。

 

 
 安倍晋三狙撃事件の時と相違して、連射( 八発という。)し外れた弾丸が後方にいた支持者達に当たり、死傷者まで出てしまった。山上青年の水平二連銃の散弾が、安倍以外に被弾した者が居なかったという状況が、どうにも小首を傾げざるを得ない由縁。水平二連銃の銃口を、敢えて安倍の頭部に向けたとしか考えられない。確実性( =胴体 )よりも、他に類を及ぼさないためのなけなしの操作 ?。
 やっぱし、今度のトーマス青年の如く、ゆらぐ意識の只中の限界値での発砲・・・そんな常人的な心理的圧迫に絡め捕られてしまったのか。

 

 

 トーマス青年、事件前、鬱病 ( 他にも、バイデンやケネディー暗殺事件等も ) を検索していたという。意図的な攪乱工作としてわざとらしく痕跡を残していたって可能性を別にすれば、鬱病に関心があった可能性は考えられるけれど、ちょっと鬱病を検索したからって、それで彼が自らに鬱病的兆候や症状を覚えていたってことにはならない。単純に何らかの経緯で関心を持ったに過ぎないって、普通に誰にでもあるからだ。当局が、世間体・体裁を取り繕うとして、あるいは意図的に、格好のフレーズを発見し、それで事件の政治的背景を有耶無耶にし、もっともらしい鬱病的帰結として終止符を打とうとしたのだろうか。尤も、今日の時点で、FBIは、トランプの耳を負傷させたのが、弾丸や破片によるものか未だ断定はしてないらしく、トランプに尋問を求めているという。とっくに尋問等済ませての狙撃事件報道と思っていたら・・・。

 

 

 

 そういえば、マーティン・スコセッジの《 タクシー・ドライバー 》( 1976年 )でも、ロバート・デ・ニーロ扮するベトナム帰還兵トラビスが、やっぱしPTSD・鬱病的症状に悩まされた挙句の大統領候補暗殺未遂、そして直後の憑かれたような汚職警官もからんだ売春窟一味への銃撃=掃討行動という戦場的再現行動だった。

 

 

 以前このブログでも述べたけど、当方的には、あれはトラビスが彼のタクシーの客として乗り込んできた大統領候補に、ニューヨークの掃き溜め=売春窟・組織一掃を訴えた当のものでもあったし、むしろトラビスは.45マグナムを懐に、大統領候補の私設シークレット・サービスになり切ろうとして演説会場に現れ、その風体と挙動の怪しさで暗殺犯として誤解され、脱兎のごとく逃げ出したに過ぎない。尤も、興奮と緊張の綯交ぜになった微妙な心的状態的ゆらぎの、とある刹那、守るはずの大統領候補だったのが、絶対兵器.45マグナム8インチ銃身の威力的発露として狙撃対象としてフト衝動的に浮かび上がってきたとしてもおかしくはない。
 弾かれたように動転力学そのまま、当初からの予定通りの少女娼婦アイリス ( ジョディ・フォスター) 救出のため、正にPTSD的再現行動として、ハーベイ・カイテル扮するポン引きを手始めに売春窟掃討になだれ込むことになった。

 

 

 後年、 ジョディ・フォスター扮する少女娼婦アイリスに魅せられ焦がれた青年・ジョン・ヒンクリーが、トラビスの軌跡をトレースするように、現職大統領レーガンを狙撃することとなる。
 トラビスが装備したメジャー・ファクトリー製とは真逆の、マイナー・ファクトリー製の、回転式拳銃・ロームRG-14の22口径弾6発全弾を発射し、レーガンに重傷を負わせ、シークレット・サービスをも負傷させ、その場で逮捕された。
 因みに、ヒンクリーは、精神状態に問題があるとして無罪となり、精神病棟に収容。その後、完全釈放され、現在、ネットで自らの曲を披露したりして、それなりのフォロワーもついているようだ。
 トーマス青年は屋根の上で、遠方から警護のスナイパーに射殺されてしまったが。

 

2024年1月27日 (土)

犬肉食禁止という欧米先進国という名の帝国主義列強とそのサーバント達の新・差別主義

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 今年に入って、隣国・韓国で、“ 犬肉の処理・販売・食用を目的とした犬の繁殖禁止 ”する法案が可決されたという。尹錫悦( ユン・ソンニョル )大統領夫妻が動物好きってこともあるらしい。
 当方的には、動物好きってことが、何故に犬肉食禁止となるのかさっぱり理解できない。当方も動物嫌いじゃないが、現実にそんな色んな種類の動物と係ったり出遭ったりする事もなく、飼うこともない。

 

 

 昔は猟犬・番犬として大・中型犬が多かったものの、次第に愛玩( ペット )犬として小型化しはじめ、昨今じゃ核家族化や少子化・高齢化によって家族の一員としてすらのポジションすら勝ち得て、場所と手間のかからないいわゆる御座敷犬の類が大半を占めるようになってきた。
 チワワやポメラニアンなんか見てるとゾッとしてしまう。
 人間のエゴで如何様にもそのサイズまでが設計され生産されているって先入観が、憐みと異様さを覚えさせてしまうからだ。
 
 
 動物好きにとって、犬肉食が我慢ならない忌むべき行為であり、強権を行使してでも、多年犬肉食を嗜んできた、あるいはもっと深く伝統食としてきた人々の嗜好を阻止し禁ずるというのは、最低限、その動物好き連中が菜食主義者でないと成り立ち得まい。
 牛・豚・鶏等の畜産動物はそれこそ日毎ホロコースト以上に大量殺戮され解体され人間たちの舌鼓の糧となり胃袋を満たし続けているのだが、どころか彼等動物愛護を叫ぶ元々の勢力の大半はキリスト教国の住民たちであり、彼等はそこに七面鳥 ( 七面鳥喰いの風習は米国発祥から欧州へ逆輸入されたもので比較的最近の定番化らしい )すら加えることを忘れないようだ。それ以外の、宗主国=米英等のアングロ同盟の周辺の衛星国諸国じゃまずそんな鳥を食べたり飼ったりもすることもなかったのだが、どうもそれは宗主国の意向ってことで、異を唱えることもなく許されているようだ。
 

 

 しかし、同じこの世に動物として生を受けて現れ出たにもかかわらず、お犬さまやお猫さまに対して不埒は許さんと絶対禁忌の高札を高々と掲げ、それ以外の牛・豚・鶏・七面鳥・アヒル等は大量殺戮当り前ってのは、普通に考えて何とも〈 異様 〉な所作で、つまるところ、手前勝手な人間たちのエゴと差別主義的本性から出たものと云わざるを得まい。

 

 

 動物愛護団体であろうが、市井の動物好きであろうが、飼主たちの飼っている動物に対する残酷な仕打ち等を批判し告発するのはともかく、彼等の常食する畜肉動物以外の動物の肉を昔から伝統的に食べ続けてきた人々の慣習あるいは嗜好を、彼等が常食しない故に、蔑み非難し、あげく阻止までするってのは、欧州のキリスト教徒たちが、アメリカ大陸やアフリカ・アジアに侵略する際、その地の住民たちにキリストの栄光と慈愛を浴させてやるんだと、可能な限りの詐術と破壊・殺戮そして略奪・搾取をほとんど “ なりわい ” の如くやらかしたのと同じ発想と感性。
 そして何処の衛星国でも、白人旦那に貰った勲章を宝物の如く頂きすっかり誇らしげな風に舞い上がり成り上がったサーバント( 傀儡 )たちって居るもので、少しでも白人旦那たちに近づこうと、白人旦那達が忌み嫌い侮蔑・憎悪するところを、自発的に見よう見まねに指弾し叩き潰したりする。
 気分はすっかり白人旦那気分。
 救いようのない蛮人を見下すように蔑みと憐みの一瞥を忘れることもなく。
 

 因みに、七面鳥って、米国の初期入植者たちが飢餓に陥った際に先住アメリカ・インディアンたちに七面鳥をプレゼントされたのを記念しての七面鳥だという。
 いかにも美談めかしたエピソードだけど、その後の初期入植者たちや後続の入植者たち=米国人の先住アメリカ・インディアンたちに対する、つい最近までの底なしの虐殺・弾圧・追放・搾取・詐瞞等のどうにも誤魔化しようのない明々白々な悪虐非道を糊塗し無かったことにしようという欧州諸国入植者=キリスト教徒たちの虚偽に満ち満ちた意志以外の何ものでもない代物。
 つまり、入植者たちの侵略と略奪、弾圧差別の象徴なのだ。

 

2024年1月10日 (水)

渡れぬ海峡の崖っぷちのつれづれ

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 海外に出なくなってもう久しく、パスポートもとっくに期限切れ。
 かつて藤原新也が何かでパスパートの更新をするのを忘れ、切れてしまったとその迂闊を失笑してたことがあった丁度その時、当方も自らの更新の失念を自嘲していて、渡航の予定は皆無だったもののスワッ入用となった場合もありえようかとあらためて取り直すつもりいたはずが・・・。

 

 

 当時旅先で知遇をえた幾人か、当時出遭うパッカーの三人に一人が藤原新也か沢木耕太郎を自ら決め込んでたものだが ──とりわけ一眼レフを手にした第二、第三の新也に成りおおせようとの野望をこれ見よがしな青年達が多かった── 、その中の何人かは既に本物のプロの写真家で、彼等はその後も海外に赴き続けているようだった。普通のパッカーだった者達はといえば、帰国後、なかなかに時間と金の問題で渡航には踏み切れず、もっぱら国内の旅で溜飲を下げるぐらい。

 

 
 当方なんて、やっと大泉黒石がらみで長崎がいいとこ。
 黒石の頃ですらもはや横浜や門司港にお株を奪われ凋落の一途と、作中で嘆いていたくらいに、観光の看板はずすともはや単なる地方の小港湾都市にすぎなくなってしまった観のある長崎。百メートルあるかないかの中華街を尻目に、黒石の作品のあれこれの背景舞台を念頭にその痕跡と残り香を求めての遊行のはずが、即物的に短時間というリミッター故にそれもままならず、昨今のトロピカル暑熱に晒されながらのそそくさ行。
 近世以来のコスモポリタン港湾都市故に、ポルトガル・オランダ・中国・ロシア等の遺跡や残り香が、原爆によって焼き払われた残滓から辛うじて覗えるばかりであっても、切支丹以来の歴史の重みが、そこはかとなくリアリティーをもって漂って来る。

 

 

 かつて当方がパッカー旅をしていた頃、戦後途絶えていたのだろう長崎~上海の海上航路が再開し、カジノ付き客船が稼働したことがあった。カジノってのが余りに俗的で、そんな客ばかり乗ってくるのかと些かうんざりしながらも一度は乗ってみようと、旅の帰途、上海の関係オフィスを訪れてみたら、運休中とあって愕然としてしまった。それから大部年月が過って、今度はハウステンボスが運営することとなって再開したらしいが、やっぱし短期間で運休になったという。戦前はともかく、戦後の長崎じゃ、もはやカジノ付きであっても集客は見込めなくなってしまったのだろう。
 もはや定期海外航路のなくなってしまった長崎港は、もっぱら大型クルーズ客船の寄港地となっていて、今年正月に上海を出航した初の中国国産大型客船の鳴り物入りの《 アドラ・マジックシティー 》( 愛達・魔都号 135,000トン )が四日に入港した。翌日には博多港到着らしい。
 それでも日程表見ると頻繁に長崎には寄るらしい。あんな大型でその都度の集客が見込まれるのだろうか、と他人事ながら疑問に思ってしまう。以前、長崎港で見た、マレーシア国籍の大型客船《 Virgo 處女星號 》も結構大きかったが、13階建の75,000トン。魔都号の半分ぐらいに過ぎない。

 

 

 かつて戦前遙か、その長崎のお株を奪ったはずの門司港はといえば、もう凋落の一途。単純に港湾としてならまだそこそこらしいが、“ 繁栄 ”の金看板はとっくに朽ち果て、ひたすら高齢化と少子化ですっかり全国標準過疎タウンの銀看板がひっそりと佇むばかり。第三セクター的観光の喧しさと不可融に、シュールなまでにおどろおどろしくゆらめいている。

 

2023年10月14日 (土)

変性意識的遡行譚『 アルタード・ステーツ 』

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 科学とドラッグと精神世界、いわゆるヒッピー・カルチャーの権化みたいな映画で、かれこれ四十年以上も前の作品にもかかわらず、面白く観せて貰った。
 神経生理学者ジョン・C・リリーがモデルという。
 ビートニック・ヒッピー世代の代表的詩人アレン・ギンズバークや天文学者のカール・セーガンと親交があったらしく、彼等もリリー博士の硫酸マグネシウムに満たされたアイソレーション・タンクをそれぞれの企図の下で時々利用していたらしい。このアイソレーション・タンク、現在も世界で使用されていて、日本にもあちこちに点在しているという。

 

 

 生理学者ジェサップ( ウィリアム・ハート)は、記憶から意識の原点への遡行を企図して、学生達の人体実験だけじゃ飽き足らず、自らが臨床実験に挑み続けた。

 

 

  僕たちの細胞の分子は60億年の記憶を秘めている
  記憶こそがエネルギーだ
  そこから意識の原点に遡れる

 

 

 行き詰まりから、鮮烈な幻覚症状を生じさせる”先祖の花”と呼ばれるメキシコの先住民族の茸を煎じた秘薬を持ち帰り、実験に使用する。いわゆるマジック・マッシュルームの類だろう。メキシコだと、サボテン系のペヨーテが有名だが。
 実際には、ヒッピー・ムーブメントの華LSDなんかも常用してたらしい。正にサイケデリック・エキスペリメント。
 メキシコの先住民集落で茸スープを一口飲んでの、サイケな極彩色の幻覚で、大蛇が何度か現れたけど、我国のシビレタケの幻覚にも蛇が現れるらしく、この下意識的潜在意識的な共通シンボルは中々に興味深い。

 

 

 映画じゃ、ジェサップ博士が、とうとう人類進化の分岐点を越えて遡行し、類人猿に変容してしまう。そして更にその向うの果てまで・・・
 グルジェフの影響も云われているリリー博士の、正に真闇の只中で己が始源への探求譚でもあろう。
 因みに、当方の記憶違いでなけりゃ、オリジナルはエンディングにチベット音楽が流れていたはず。今回観たビデオにゃ、すっかりカットされている。気に入っていた楽曲で、ダラムサラの僧堂で、実際に演奏を聴いたことがあり、イタリア人カップルと一緒に、チベット僧の淹れてくれたバター茶の中休みを入れての長時間演奏の鑑賞は素晴らしいものだっただけに、残念。それ以上に残念なのは、その曲名が定かでないことだ。

 

 

監督:ケン・ラッセル
 エドワード・ジェサッブ博士 ウィリアム・ハート
 マーガレット・ジェスプ博士 ドリュー・バリモア
 アーサー博士        ボブ・バラバン

 

 1979年制作配給ワーナー・ブラザース

 

 

2023年7月 9日 (日)

夢を喰らう貘 大正( 時代 )的多情炎環

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 大正・昭和に、草創期の浅草オペラや映画界で活躍した貘( バク )与太平の評伝《 夢を喰らうキネマの怪人・古海卓二 》( 筑摩書房 )を読んでると、昨今巷で喧しい女優・広末 涼子の三角関係=不倫事件等を見るにつけ、つくづく人間の性( さが )・業ってものに思いが至ってしまう。
 貘与太平=古海卓二の最初の妻・紅沢葉子は、アメリカ帰りで浅草オペラの偶像ともいうべきトップ・ダンサー高木徳子の最後の弟子であり、やがて卓二が浅草オペラを見切って、映画界に進むと、彼女も映画女優の路に就いた。
 ところが、当時、二人が所属した大活( 大正活劇 )で一緒に映画作りをした作家・谷崎潤一郎の悪しき転輪王とも呼ぶべき所業の渦に巻き込まれ、二人も紅蓮の炎に己が身を焼き焦がし続ける惨憺劇に。

 


 以前から気になっていた《 夢を喰らうキネマの怪人・古海卓二 》、大正・昭和の、浅草オペラ・映画のいづれも門外漢にもかかわらず草創期から参入し頭角を現すようになった紆余曲折、絵に描いたようにルパシカをまとったアナーキーな、ある種、時代の寵児の軌跡。
 彼の最初の妻であり、浅草オペラ→映画の女優だった紅沢葉子が、後年になって認めた日記を手がかりに、その孫にあたる著者・三山喬が卓二の実像に迫るのだが、古海( ふるみ )卓二のあまりの破天荒さに、思わず舌を巻いてしまった。
 

 

 尺八一管の流浪のダダイスト・辻潤や小生( こいけ )夢坊、貘与太平( =古海卓二 )、佐藤惣之助等が参加した浅草オペラの文士劇。
 常盤歌劇団の観音劇場公演。
 ことの起こりといえば、当時流行っていた浅草伝法院裏にあった《 カフェ・パウリスタ 》、そこの二番テーブルに、社会主義者や自由主義者、徳永政太郎、小生夢坊、ピアニストの沢田柳吉、浅草オペラの伊庭孝や俳優達、ダダイストの辻潤、作家達が三々五々集っていたのが、やがて文士劇へと結実していった。
 公演が始まると、大正デモクラシーの華あるいは象徴の如く、当時の谷崎潤一郎をはじめとする有名作家・詩人、大杉栄などの社会主義者達までもがその楽屋に詰めかけたという。
 因みに、観音劇場は、他の有名な浅草オペラの常盤座や金龍館と同じ経営母体=根岸興行部に、当時の売れっ子喜劇役者・曽我廼家五九郎が経営を任されていて、五九郎といえば、大泉黒石が脚本を書いていたらしい関係でもある。只、その浅草オペラも栄華を極めたのは幾年ほどで、常盤歌劇団に至ってはたった二ヵ月の短命。

 

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 常連だった谷崎潤一郎も浅草オペラを「 多少の退廃的要素と異国情緒との加味した小学校運動場的気分 」と評したように、明治維新以降半世紀近く続いた富国強兵的、国権主義的全体主義の果ての大逆事件、その後の時代閉塞的な“ 冬の時代 ”もようやく終りを告げ、大正デモクラシーの名の下に一斉に解放されたような浮揚感、その象徴としての女性的エロティシズムの発露→歌有り踊りありの大衆文化的歌劇って事らしい。
 そもそもアメリカ帰りのショーダンサー・高木徳子のダンスにその起源があって、扱われる歌曲も、本格的なクラシック系のオペラと異なる庶民的なポピュラー曲という、まだまだ揺籃期的産物。
 そんな総てが真新しいものばかりだった草創期だったからこそ、殆んど門外漢だった古海卓二も、貘与太平の名でみるみるうちに頭角を表すことが出来たのだろう。代表的な歌手の藤原義江すら、当初は楽譜すら読めなかったというのだから。
 文士劇とは別に、辻潤も自作劇《 虚無 》を自らも演じたが、当時の卓二の真面目が、コミック・オペラ《 トスキナ 》。作・古海卓二、作曲・竹内平吉の風刺劇だったようだ。

 

 

 伊庭孝等が中心に田谷力三・藤原義江・天野喜久代等で結成した「新星歌舞劇団」( 松竹系 )に在籍していた紅沢葉子が、巡業生活でのメンバー間の自堕落な悦楽的産物としての父親の定かならぬ妊娠って事態に陥り、部外者だった卓二が、義侠心を発揮し、敢えて嫁として貰い受け、責任者の伊庭孝も一安心したという。
 紅沢葉子( 以降、葉子と呼ぶ )は、それまでの荒んだ生活から、将来に希望が持てたように思えたらしい。 

 

 

 その結婚最初の一年目に、映画女優に転身していたばかりの葉子が、それまでの映画とは一線を画さんとばかりの本格的な映画製作をモットーにした大活( 大正活映 )の谷崎潤一郎・脚本《 アマチュア倶楽部 》(大正9年=1920年)に出演することになったのはいいが、撮影中に、後の大正・昭和初期を代表するイケメン男優として一世を風靡した、まだ駆け出しの岡田時彦とできてしまった。
 葉子20歳、岡田18歳。
 谷崎の嗜虐的業炎の火中に、葉子がらみで卓二まで巻き込まれてしまったのだ。
 映画自体はスラップ・スティック的なドタバタ喜劇で、主演が、谷崎の寵愛する葉山三千子( 谷崎の妻の実妹 )で、しなやかな日本人離れした肢体の水着姿が人気を博したという。
 翌年、上田秋成の『雨月物語』を脚色した脚本・谷崎、監督・トーマス栗原のコンビで撮った《 蛇性の婬 》の主演を、今度は何と葉子が演じた。ところが、ロケ地でも誰憚ることなく、岡田は葉子の部屋に頻繁に通い続けた。
 因みに、大正十年当時、読売新聞の人気映画俳優投票・女優部門で、葉子は九位に入っていたという。浅草オペラの女優なんかに映画出演の話をもってゆくと、憤然として断られたという、まだまだいわゆる河原乞食的な扱いだった映画草創期という限定された状況の故もあったのだろう。以降は殆んど脇役専門。

 

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 ( 《 アマチュア倶楽部 》のロケ現場。左端の着物女性・紅沢葉子、一人置いた帽子の髭の男・トーマス栗原、右隣の白スーツが谷崎潤一郎、水着の葉山三千子、岡田時彦。)

 

 

 まだ14歳だった葉山三千子の小悪魔的な魅力の文字通りの虜になり、溺れてしまった谷崎、困惑し傷心する谷崎の妻・千代に、彼等と親しかった佐藤春夫がすっかり同情し、やがてそれが一線を越え恋情に発展し、それを知った谷崎は、渡りに船とばかり、佐藤に自分の妻・千代と一緒になるように勧めるという四角関係が当時、小田原事件として巷でも話題になっていたという。広末 涼子の不倫事件なんて可愛いもの。
 《 アマチュア倶楽部 》撮影の際も、スタッフや俳優達もその関係を知っていて、自分より四歳下の小娘・三千子の奔放な態度に、葉子は、不快の念を抱いていた。

 

 

 三千子と谷崎の関係は、相互的というより、もっぱら谷崎の一方的なもので、それ以上に三千子は性的に奔放なのか、岡田に惚れ、葉子と岡田を巡っての三角関係に発展するが、同時に、むしろ谷崎の唆かしというべきか、それ以外にも、作家・今東光やドイツ人ハーフの俳優・監督である江川宇礼雄とも関係をもったという。岡田の時なんて、三千子の方から積極的に岡田の部屋に忍んで行ったらしい。
 ところが、谷崎が、若い三千子に結婚を拒絶されたからなのか、妻・千代を佐藤に渡すのが惜しくなったのか、妻・千代との離婚を放棄して、三千子と岡田の結婚を画策し、岡田を養子として迎えるって算段に落ち着いたのが、一晩同衾した際に、三千代のあからさまな性的貪欲・淫蕩さ加減にすっかり嫌悪感を覚え、婚約を解消。
 谷崎は小悪魔・三千代が様々な男達と関係をもつのを、むしろ唆かし、恐らくその逐一を三千代本人からあれこれ赤裸々に聴き出していたのかも。
 数年後、谷崎邸の書生となった後の探偵小説家・和田六郎が、まだ佐藤の下に赴く前の谷崎の妻・千代と関係をもった際にも、谷崎は情事の詳細を逐一千代本人から聴き出していたというのだから、充分にあり得るし、ある種のコキュ達の固着的嗜好とも謂うべき自虐的な煩悶にうち震えていたのだろう。
 否、それ以上に、小説家としての貪欲な真実の探求と謂うべきか。当時新聞の連載小説《 蓼食ふ蟲 》として、リアルタイム的に活字化していったのだから。
 正に、多情炎環。
 それぞれの、真摯に自らの欲念・情念の赴くところ一心。

 

 

 肝心の卓二と葉子の方はというと、小娘・三千代と破談した岡田は葉子との結婚に踏み込もうとしたものの、葉子が幾ら離婚を求めても、頑として卓二は拒絶しつづけた。元々恋愛関係の上での結婚じやなく、一方的な卓二の義侠心に発したものなので、些かにプライドを傷つけられた反撥心からなのだろう。それでも、葉子が失踪するに及び、渋々認めてしまう。 
 卓二の葉子に対する念は、やがて芽生えた恋情も含め錯綜混沌としたもののようだけど、葉子の卓二に対するそれは、この本=葉子の戦後認められた日記では、なんともけんもほろろに悪夫。早い話、当時の時代的偶像・岡田時彦との関係の赤裸々な告白日記とも云うべきとは、彼女の孫である著者の感想だ。

 

 

 著者も先ず触れていた、大正中期の、日影茶屋で神近市子に大杉が刺された事件に端を発した多情炎環、大杉栄=伊藤野枝=辻潤、堀保子=大杉栄=神近市子の相関図。
 尺八一管を携え列島中を放浪して廻った辻潤は、伊藤野枝の呉れたラブ・レターを常に風呂敷に包んで肌身離さず帯同していたのは、もはや神話の領域。正に、コキュの極み。彼の舞台活動への入れ込み様も、鬱屈したコキュ的悲嘆の発露って一面もあるのだろう。
 因みに、堀保子は、あくまで内妻で、大杉は、同志・深尾韶とつきあっていた保子を、半ば強引に掻っさらうようにして一緒になったのだった。つまり横恋慕。やがて野枝に対した如く、大杉は保子にぞっこんだったのだ。

 

 

 殆んど同時期、月刊《 中央公論 》の創作欄を巡って、大泉黒石・村松梢風等大衆小説作家等の説苑欄からの越境に対して、純文学小説作家の芥川龍之介・佐藤春夫等が一方的にクレームをつけていた頃、純文学の代表格ともいえる芥川龍之介は、妻・文( ふみ )以外の女性との係わりも結構あったようで、就中、歌人・秀しげ子との関係は人口に膾炙し過ぎているぐらい。秀しげ子には、夫も子供もいた人妻であった。
 しげ子は、しかし、次第に大胆になり、しまいには龍之介邸にまで押しかけてくるようになって、大正十年、龍之介は逃げるように海外視察員として中国行の途に就いた。
 龍之介の作品にも、彼女に触れた箇所がある。

 

 『 利己主義と動物的本能は実に甚だしい 』
 
 『僕の生存に不利を生じた 』

 

 何とも生々しい記述で、後、小説論を戦わせることになる谷崎潤一郎が魅了させられ虜になってしまった小悪魔・三千代に、その奔放さでは敵わないものの、同様に貪欲なしげ子の性衝動に、肺病持ちの芥川は死の恐怖をすら覚えてしまったらしい。

 

 

 同じコキュ的心性であっても人によって随分とその様相を異にし、ちょっと時代が下るが、金子光晴=森三千代=土方定一の余りにも有名な三角関係相関図にあって、も少し時代が下った戦後、三千代の中国人の愛人・鈕先銘との関係を描いた《 新宿に雨降る 》を、病で手を使えなくなった三千代の代わりに、光晴が口述筆記した際も、コキュ的被虐性全開って趣きだったのだろう。
 尤も、光晴が幾ら被虐的であったとしても、敢えて妻・愛人に他の男達等と関係を持たせるって谷崎的嗜好・志向は有していなかった。
 谷崎のは病的と断じていいのか、それとも芸術至上主義的産物に過ぎないのか。
 こうして観てみると、卓二と葉子って、とりわけ卓二って、いわゆる良いカッコ師なんだけど、その足元が何とも危うく、そこが日記中葉子に、さんざ毒づかれつづけてしまった所以に違いない。

 

 

 《 夢を喰らう 》キネマの怪人・古海卓二  著・三山喬 ( 筑摩書房 )

 

 

2022年12月10日 (土)

ガネーシャ  旅先のフィギアー

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かつて京都を訪れた折、とある西陣近辺の入り組んだ路地=辻裏の一角に、桜花咲き綻んだ奥に燻んだ祠堂が佇む小さな寺院があって、休憩がてら仄暗い境内に這入ってみると、奥の祠堂に大聖歓喜天の額があり、隙間から覗いてみても暗々として歓喜天の象形も定かでなかった。
 後で、正面の門を確かめると、弘法大師が開基の、大聖歓喜天尊を本尊とする真言宗・雨宝院(うほういん)とあった。古には大伽藍を誇る大寺であったという。

 

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 歓喜天といえば、ヒンドゥー教じゃ、ガネーシャ。
 インド中どこででも目にする庶民に密着した、それこそ庶民の救世主=ガネーシャ、民衆の主=ガナパティ。
 民生に密着した現世御利益の神らしい。
 何しろ、日本でも、インドでも、二股かけるような祈願をすると、むしろ禍根災厄を呼び込むこととなるという、インドでも、願掛けの場合、絶対に他の神の後に念じてはやはり御利益どころか禍しか結果しない『業の強い』神という。手順さえ間違えなければ、甚だ有難い果報が得られるってこのようだ。

 

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 シヴァ神とパールヴァティー女神の間に生まれた長男とされ、自我(エゴ)やその煩悩的産物によって生じた苦からの解放、除災厄除・財運向上で、様々な障害を乗り越える手助けをしてくれる神。
 象面の太鼓腹した四腕のガネーシャ象は愛らしく人気があって、インドを訪れた観光客にとって、一番抵抗のない土産物に違いない。
 当方も、自室に何体か飾っているけど、別に何を祈念するわけでもなく、もっぱら宗教的雰囲気を漂わせたエクゾチック・フィギアーとして棚上に勿体ぶって鎮座させていて、時折気紛れにコーン・タイプの香を焚いてみるぐらい。
 

 

 

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 シヴァの古都バナラシ―だけじゃなく、朱色に溶けたようなガネーシャ象ってのも稀にインドの路地裏なんかで見かけたことがあって、あの不定形なガネーシャ像はおどろおどろしいまでの数多の人々の種々様々な沸々とした祈念に年々溶解してきたようにも思えてしまう。
 ガネーシャ・ガナパティとえば、ニューデリーのコンノートで買ったミュージック・トゥデイ・シリーズのアシュウィ二・ビッデのバクティマラ・シュリ・ガネーシャが、当方の定番。( YOU TUBEでも試聴できる。Bhaktimala Shri Ganesh )

 

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2020年6月 6日 (土)

 プライド的仇花 『 DUKHTAR 』( 娘よ!)

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 先だっての甲斐大策《 ペシャワールの猫 》に絡めた訳じゃないけど、偶々観ることになってしまったパキスタンの監督アフィア・ナサニエルの《 DUKHTAR 》(邦題・娘よ)。 2014年の作品。六年も前の映画だった。パキスタン・米国・ノルウェーの三ヵ国共同出資。
 米国にも多くのパキスタン人が出稼ぎや移住してて、パキスタン=米国は軍事的なつながりの緊密さでは、タイ=米国にまさるとも劣らない。( 日本=米国も、ミレニアムになっても、幕末以来の治外法権がまかり通っているぐらい。)
 隣国・アフガニスタンで跋扈するタリバンの基礎がそんなパキスタン権力の手によって作られたってのも意味深。

 

 この映画、観て先ず驚いたのが、舞台が、《 ペシャワールの猫 》で私=甲斐大策とアフガン難民ハジ・ヌール・ムハンマド・ハーンが、甲斐の十二歳の娘を、結婚間近で家の外へ出れないハジの娘に会わせようと、居所のコハトに赴くためにどうしても通過しなくてはならないダッラの町のパーミッション( 通行許可証 )を貰うため二人してペシャワールにあるダッラの出張所に日参するのだけど、そのダッラと同じパキスタン公権力の権威の及ばない少数民族自治区“ トライバル・テリトリー ”だった。それもアフガン人ハジと同様のパシュトン系の部族エリアの。
 そのパシュトン系に属する、それも比較的最近までは互いに友好的だった二つの部族が、何らかの理由で血の相克劇、果てることのない“復讐”の連鎖に陥ってしまっていた。
 インドも中世の残滓香る世界ではあるけれど、隣国パキスタンも同様イスラムチックな報復=仇討ちがまだまだ血の相克を繰り返している世界であった。パキスタン滞在当時も英字新聞やなんかでも時折記事になってたりしていて驚いたものだった。我国じゃ、明治維新の廃刀令と共にとっくに消えいってしまっていた代物。

 

 

 主人公の母娘、アッララキとザイナブ、はカラコルム山脈のある麓の、中国から伸びたカラコルム・ハイウェイ沿いのフンザを彷彿とさせるある風光明媚な山岳地帯に住んでいた。
 画面じゃそれこそK2峰が望み見えていてもおかしくないくらい。
 トライバル・テリトリーって、カラコルム山脈から少し下ったペシャワール( 標高300メートル )の南西に位置するむしろアフガン南東部と国境を接する地域で、この辺りは基本外人旅行者には開かれてなくて当方にもまったく未踏のエリアなのだけど、どうも画面上の雰囲気と違和感がある。勿論、あくまで映画なので中国と国境を接した側のカラコルム山脈での撮影だったとしてもどうこういう筋合いもないのだが。

 

 
 母親アッララキの年老いた夫が一方の部族の長。
 敵方の部族長に、自分の部族側に何人も犠牲者が出、とりわけ自分の息子も犠牲になったのを嘆き、和解を申し出る。と、敵方の部族長は、ならお前の娘ザイナブを俺の嫁に寄越せと応じた。互いが親戚関係になるのが手っ取り早いってことらしい。
 確かに理には適っている。
 アッララキの夫は二つ返事に応じた。
 
 早速敵方の手の者がアッララキの家に直に新嫁ザイナブを迎えにやって来くる。
 母親アッララキは、まだ十歳の娘を、自分の老いた夫より老いた敵方の部族長に嫁がせることに自身も同じ境遇だったのを顧みて、慚愧の想いに駆られ、結局ザイナブを連れてその家を飛び出す。捕まると殺されるのは自明故の、非力な女にとって男達に物理的に対抗できるのはこれしかないとばかりに、こっそりと夫のだろうピストルを忍ばせて。
 供宴にうつつを抜かしている間に、新嫁に逃げられ、敵側もアッララキの夫側の男達も、共にプライドを傷つけられたと、怒りと殺意剥き出しに二人の追跡を始める。

 

 が、母娘が途中で乗るこことなるトラックの運転手ソハイルとの遭遇が、普通ならとっくに追っ手に捕まり母親は殺害され娘は老いた部族長の下に嫁ぐことになったのだろう運命を大きく変えてしまう。
 最初はパシュトン系の部族と諍いを起こすことに難色を示していたソハイルも、アッララキの命を賭しての逃亡の念に折れ、首都イスラマバードと古都ラホールの中間に位置するアトックまで送り届けることを約束することになる。元々孤児でアフガンのムジャヒディンに何年も参加していた彼には失うものがなかった。それに何よりも、アッララキに魅せられていた。好青年然としたソハイルに彼女もまんざらではない女の情愛を覚え始めているようだった。恐らく初めての・・・

 

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 勿論イスラム国パキスタンであれば、欧米先進国の住民達が思うようなハッピーエンドはそもそも期待すべくもなく、結末は描かれぬまま終わる。
 母娘は人口一千万の大都市ラホールにそのまま隠れ住むのだろうか。
 それとも、隣国インドに更なる逃避行を続けるのか。
 ソハイルとアッララキは一緒になれるのだろうか。
 否、アッララキの老いた夫はまだ健在のはず。
 敵方の部族長は同族の者に殺害され、ザイナブは許嫁婚から解放されたのだろうか。
 映画的には、正に“明日に向かって撃て”的な生きんがための逃避行。
 更に、アフガン帰りのソハイルを基準にすると“タクシー・ドライバー”ってところだろう。それなりに面白く作られた小品だと思う。

 

 映画は六年前の作品だけど、昨今喧しい、家父長的封建主義の産物ともいうべき、親達が当事者の気持ち・意志を何等鑑みることもなく一方的に年端もゆかぬ少女を嫁がせる“少女婚”が、正面切って問われている。
 親が勝手に当事者の意志を無視して結婚相手を決める許婚( いいなづけ )制は、中東・イスラム世界だけじゃなく、人民中国以外の華僑=華人世界じゃ現在でもまだ行われている様で、日本も戦前までは普通に行われていた慣習。明治維新以降の日本じゃ余り低年齢ではありえなくなったものの、華人世界じゃ、結構早い時期に決められたりすることもあるらしい。
 只、昨今の西欧近代主義的風潮って、中世のロメオとジュリエット的自由恋愛とすら背反する似非自由主義、つまり彼等が否定し批判しているつもりの全体主義と横並びの所詮全体主義的産物でしかないって事に留意しておかないと、遙か明治末・大正の《 青踏 》の頃から一寸の深化も得られてないってことになる。

 

 

監督 アフィア・ナサニエル
アッララキ サミア・ムムターズ
娘ザイナブ サーレハ・アーレフ
トラック運転手ソハイル ヒブ・ミルザー
 2014年作品 ( パキスタン・米国・ノルウェー

2020年4月 8日 (水)

旅先のミュージック・テープ Ⅱ

 

 

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《 AYA 》キジョkidjo ( 1994年 )

 

 1998年のバリ、ジョグ・ジャカルタ行の際に折からのインドネシア・ルピア―の暴落によるレート差成金を決め込んで大量に買った中の一本。
 当時はアフリカの歌手なんて一人も知らなかった。
 この前後に、主にバンコクで時折買ったりしたぐらいだけど、いずれも皆アフリカン・ビートともアフリカン・サウンドともいうべき独特のものがあって、それが中々気に入っていた。中東諸国のポップス、とりわけヨーロッパに移住して活躍しているアーチストってやはりその国のサウンドを帯びてしまってるのと同様、このもはや有名アーチストどころか大御所となっているらしいキジョのこの5枚目のアルバムらしい《 AYA 》も、バックに流れているフランス風味の独特のサウンドで、パリで録音したのがすぐ分かってしまう。( 勿論そのフランス独特の、ちょっと古いがシルヴィー・バルタンの曲にも響いていたサウンドが流れていたらの話だけど )

 

 一曲目の“ Agolo ”からして、彼女ののびのびとして声量もある唄声でのアフリカン・サウンド全開ってのが好い。2曲目の“ Adouma ”も同様、のりのり。
 B面の“ idje-idje ”もゆったりとした曲調で悪くない。
 アフリカン・ポップスの場合、バック・コーラスの掛け合いも、伝統的なアフリカン音楽の形式と相俟って、魅力の一つで、哀愁を帯びたこの曲でも、 idje、idje、 idje、idjeとコーラスが唄った後を受けて、キジョが唄う箇所が気に入っている。
 このカセット・テープ、“ Sale in Indonesia only ”と記されていて、インドネシアだけのバージョンって訳だろうか。定価Rp.10000とパッケージの背に記されている。

 

 Youtubeを確かめてみたら、なんと“ Agolo ”や“ Adouma ”のMVがあった。直近の曲のMVじゃ、年相応(1960年生れ)の彼女が貫録すら湛えて唄っている姿も観れた。動乱の西アフリカ・ベナン共和国を出た難民でもある彼女は、フランスに亡命し、後米国に拠点を移したという。

 

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 《 Spirit of the Forest 》Baka Beyond ( 1993年 )


 マーティン・カラディックと妻のハート・スーが、1992年に西アフリカのカメルーンのコンゴとの国境地帯に住むバカ・ピグミーの集落に滞在し一緒に演奏した際に録音したものと、1993年にスタジオ録音したものをミックス処理したものらしい。
 バカ族も伝統的アフリカン文化の粋である音楽好きのようで、見知らぬ英国人夫婦の奏でるギターやマンドリンに興をそそられコラボとなってゆくのが手に取るように分かってしまう。
 マーティン・カラディックはコンウォール出自らしく、コンウォールといえばアーサー王伝説で有名だけど、古のコンウォールの人々は英語じゃなくケルト系の独特の言語を持っていた。
 1547年、没したヘンリー8世の後を継いだたった9歳のエドワード6世とその摂政となった伯父のサマセット公が新教徒で、英国国教会をプロテステント系に改変しようとして「礼拝統一法」を制定したものの、全国的叛乱が生起した。とりわけ、コンウォールじゃ、それまでラテン語の祈祷書を使っていたのが、中央権力がそれを英語のものに強制的に改変してしまって、コンウォールの人々が頑強に拒絶したため、コンウォールの住民たち数千人が殺害されたという。日常的言語としても英語が強制され、次第にどんどんコンウォール語人口が減少していって殆ど絶滅状態という。
 そんな自身の出自を、人口数万人ともいわれるバカ・ピグミーに重ねて観ようとしたのか、中々うまく融合されたものとなっている。
 BAKA BEYONDは、このアルバムの頃はともかく、マーティン・カラディックと妻のハート・スーがバカ族や他の国のアーチストの参加を得てすっかり多人数のバンドとなっているようで、この後も音楽活動を続け、七枚以上のアルバムを出しているとか。
 このアルバムに関する限り、インストルメンタルが主だけど、哀感溢れたバカ族の唄と混然一体となって、正に熱帯雨林の精というところだろう。

 

Tape10-2

 

 

 《 TALKING TIMBUKTU 》
    アリ・ファルカ・トゥール with ライ・クーダー(1994年)

 

Tape10-4

 

 
 米国ミュージシャン=ライ・クーダー プロデュースによる西アフリカの内陸国マリの代表的ミュージシャン=アリ・ファルカ・トゥール( 歌手・ギタリスト )とのコラボ・アルバム。全曲ファルカ・トゥールの作曲で、その翌年のグラミーのワールド・ミュージック・アルバム賞をとっている。
 ライ・クーダ、三年後にはキューバに渡り、有名な『Buena Vista Social Club』の録音にも参加したりしていて、時間が前後するが1980年に沖縄の喜納昌吉&チャンプルーズのアルバム『BLOOD LINE』にも参加していたらしいワールド・ミュージック畑じゃ知る人ぞ知る存在という。
 アリ・ファルカ・トゥールは2006年に既に亡くなっているけれど、このアルバムの後も、同じマリのコラ( 半分にしたひょうたんを基部にした弦楽器 )奏者トゥマニ・ジャバテと共演した二つのアルバムがいずれもグラミーのトラディショナル・ワールド・ミュージック賞をとっている国際的ミュージシャン。因みに、グラミー賞三作目は彼の死後発表されたもの。
 
 アリ・ファルカ・トゥールは米国のブルース歌手ジョン・リー・フッカーなんかに影響を受けていた関係もあってか、中々ブルージー。
 ティンブクトゥはファルカ・トゥールの故郷の名。
 上記の《 Spirit of the Forest 》と同様バンコクのタワー・レコードで買ったカセット・テープで、本体は露店売やマーブンクロンなんかで売ってるコピー物なんかと訳が違うってことなのか、かっこつけたグレー色。こっちのカセット・ケースには90ルピーの定価が記されたMCAのラベルが貼られている。

2020年3月21日 (土)

旅先のミュージック・テープ Ⅰ

Tape-1

 

 

 1998年5月のジャカルタ暴動の余韻も生々しいはずの、けれど、ヒンドゥー教徒の多いバリ島だったので無関係と思っていたら都市部じゃやはり反-スハルト政権の学生運動はあってたらしいその6月下旬に訪れた時、1$=12000~14000インドネシア・ルピアというインフレ状態で、現地の人々は日々の生活に四苦八苦していた。
 ジャカルタ暴動じゃ、多くの華僑達が襲われ、女や少女達すらも散々な目に遭ってたのが新聞紙上で生々しく喧伝されていて、その前後だったか地方のキリスト教徒迫害の暴動も日々伝えられていたはずが、確認しようとネットを検索しても、少なくとも日本語検索じゃ精々数語の概念的記述ぐらいで、全くと言っていいほど出てこない。20年以上も過ぎて現実的価値が顧みるに値しなくなっのか、あるいは政治的変容ってやつなのか。
 それはともかく、所詮通りすがりの一外国人バックパッカーに過ぎない当方にとっては、僅少な予算故に束の間の余禄ってことで、バリ舞踊のチケットやまだまだCDより全盛だった音楽テープが、随分と手軽に買えたものだった。
 一々試聴するよりも買った方が早いとばかり可也の量を購入し、結局それほど気に入ったものがなく、大半は宿のスタッフにプレゼントすることになった。後にも先にも音楽テープをそんなに買ったのは、その1998年のバリ島でだけ。

 

 倉庫の棚に長年放り込んだままの段ボールにぎっしりと詰まったミュージック・カセットテープ。段ボールは長年の塵汚れにくすんでいるけれど、中のカセット・テープ自体は、ラジカセで聴いてみると、まだまだ問題なく四半世紀前当時のままの音質を保っている。
 当方のステレオ・コンポのMIDIもカセット・テープ機能も失われて既に久しく、専らCD専用となってて、だからテープを聴くことから遠ざかっていた。(因みにラジカセは家族の所有物)

 

Tape-5

 

 《巴山夜雨》光頭李進 (Ⅰ995年)

 

 昆明か上海、あるいはクアラルンプールだったのか、何処で買ったか定かでない。
 全く知らない歌手だったけど、“ 光頭 ”という字ずらとスキンヘッド顔の画像、そして何よりもタイトルの《巴山夜雨》(はざんやう)が気に入って買った代物。
 先ず日本には見られないカセット・ケースの外側にまでジャケットがはみ出ているタイプが多い中で、カセット・ケースがすっぽり納まる箱型のジャケットの内側に歌詞表が入っているタイプだった。
 光頭とは、文字通り照り輝くスキンヘッドの事らしく、敢えていうなら、秋山千春ほど高い声じゃないものの秋山に似た感じの高声で唄いあげる。A面2曲目のタイトル曲《巴山夜雨》は、晩唐( 9世紀前半 )時代の詩人・李商隠の当時の都・長安で彼の帰りを待ちわびた妻からの便りに、遠く四川・巴山でしとしと降りつづける夜雨が池に漲る様を眺めながら、長安の妻への熱い想いに駆られるという《 夜雨寄北 》に想を得た陳小奇の作品が雰囲気あって悪くはない。
 このアルバムが二枚目の李進は、四川省綿竹出身の1967年生れ。今年もう50歳。
 歌手以外にも手を伸ばし、2017年にマイアミ国際映画祭で新人監督賞を貰ったとか。

 

Tape7

 

《 LOLO倮倮摇 》倮倮 (Lolo) 1995年

 

 

 雲南省昆明市の少数民族イ(佤)族出身の歌手。
 中国名・張建華
 崔健・黒豹楽隊・唐朝楽隊・王勇・眼鏡蛇楽隊等のロック(揺滾)系グループの雲南省都・昆明でのコンサートの企画・プロデュースを手掛けたりもし、後北京に移る。
 楽曲に少数民族音楽の要素を組み込んだりしてるらしい。
 ギター片手のフォーク・ミュージック風だけど、彼自身による歌詞にもイ族文化を反映しているのか独特なものが多いようだ。
 2004年に《 倮倮摇 2 》( 香港大地唱片 )を出している。
 因みに、ロロというのは、イ族の本来の自称民族名。

 

 

 

Tape-4

 

 

 
 《 都是夜帰人 》許美静( メイヴィス・シュー )1997年

 

 シンガポールの1974年生れ。
1990年代後期中国圏で人気を博した。
 タイトル曲の《 都是夜帰人 》は、暗い深夜に囁くような曲調がひっそりとしたジャケット画像と相俟って、悪くない。このテープも、そのジャケットの静かな佇まいと“ 都是夜帰人 ”( 都=みんな、すべて ) というタイトルに惹かれて買ったもので、帰って聴いてみてその雰囲気そのままの作品ですっかり気に入った。
 大部過ってネットで調べてみると、2006年にシンガポールのホテルで、“ 私を神と呼べ!”と叫んだりして騒ぎを起こし、警察沙汰になったあげく、軽度の精神分裂症・抑鬱症ということで暫く精神科に通うことになったとあって、驚いてしまった。
 どうも以前からシンガポールの音楽界の重鎮との不倫的三角関係でかなり精神的にナーヴァスになっていたようだけど、中国揺滾( ロック )の雄だったドゥウェイ( 寳唯 )も、怒って週刊誌記者の車を燃やした事があった。 
 最近も、元気に歌手生活を送っているようじゃないらしい。       youtubeでこのアルバムより前に出した《 遺憾 》(1995年)の中の《 城里的月光 》( 城里=市、街 )のMVが900万再生回数を記していて、一応視聴してみた。当方的には、やっぱしこの《 都是夜帰人 》の方が全然気に入っている。精神をすっかり病んでしまった美静をつい想い浮かべてしまって、いよいよ彼女の囁きが哀切をもって迫って来る。

 

 

Tape-2

 

 《乾脆》那英 ( 1999年 )


 昆明で買った。
 この那英のこのアルバム、当方的にはマアマアだけど、決して凡作って訳でもない。
 三曲目の《 等待 》のリフレイン、

 

 這無聊的夜 無聊的風 無聊的愛
 這荒涼的夜 荒涼的風 荒涼的愛

 

の“風”フォンを伸ばす箇所、その発音が妙に気にいってる。
 中国エリアじゃ、かなり売れたようだ。

 

 彼女は満州族の出身で、本名を葉赫那拉・英。
 葉赫那拉は満州族支族の名。彼女の先祖は、清朝・宮中の御典医だったという。
 遼寧省・瀋陽生まれで、地元の瀋陽歌舞団で活躍していたのが、やがて北京に出て歌手として一人立ち。因みに、前年に出した《 征服 》は二百万枚以上売れたという。

 

 

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